・・・優しい威厳に充ち満ちた上宮太子などの兄弟です。――が、そんな事を長々と御話しするのは、御約束の通りやめにしましょう。つまり私が申上げたいのは、泥烏須のようにこの国に来ても、勝つものはないと云う事なのです。」「まあ、御待ちなさい。御前さん・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・この月二十日の修善寺の、あの大師講の時ですがね、――お宅の傍の虎渓橋正面の寺の石段の真中へ――夥多い参詣だから、上下の仕切がつきましょう。」「いかにも。」「あれを青竹一本で渡したんですが、丈といい、その見事さ、かこみの太さといっちゃ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・相当の稼ぎはあっただが、もうやがて、大師様が奥の院から修禅寺へお下りだ。――遠くの方で、ドーンドーンと、御輿の太鼓の音が聞えては、誰もこちとらに構い手はねえよ。庵を上げた見世物の、じゃ、じゃん、じゃんも、音を潜めただからね――橋をこっちへ、・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 場所は――前記のは、桂川を上る、大師の奥の院へ行く本道と、渓流を隔てた、川堤の岐路だった。これは新停車場へ向って、ずっと滝の末ともいおう、瀬の下で、大仁通いの街道を傍へ入って、田畝の中を、小路へ幾つか畝りつつ上った途中であった。 ・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ はじめ清澄山で師事した道善房は凡庸の好僧で情味はあったが、日蓮の大志に対して善知識たるの器ではなかった。ただ蔵経はかなり豊富だったので、彼は猛烈な勉強心を起こして、三七日の断食して誓願を立て、人並みすぐれて母思いの彼が訪ね来た母をも逢・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・禅宗の普覚大師ノ書であったときもあった。中山みき子の『みかぐら歌』であったときさえあるのである。 かような時期においては反復熟読して暗記するばかりに読み味わうべきものである。 一度通読しては二度と手にとらぬ書物のみ書庫にみつることは・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ ゴーリキーの小説『母』の中の母親や、拙作『布施太子の入山』の中の太子の母などは、この種の道と法とに高められ、照らされた、母性愛を描いたものである。 私は数年前、『女性美の諸段階について』というエッセイを書いたことがあった。その中で・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・菅笠をかむり、杖をつき、お札ばさみを頸から前にかけ、リンを鳴らして、南無大師遍照金剛を口ずさみながら霊場から霊場をめぐりあるく。 この島四国めぐりは、霊験あらたかであると云い伝えられている。 苦行をしてめぐっているうちに盲目の眼があ・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ 村の年寄りが、山の小さい桐の樹を一本伐られたといって目に角立てゝ盗んだ者をせんさくしてまわったり、霜月の大師詣りを、大切な行かねばならぬことのようにして詣るのをいゝ年をしてまるで子供のようにと思って眺めていたが、私にも年寄りの気持がい・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・そうかと思うと『源氏物語』や『続世継』などに尺八の名があり、さらに上宮太子が尺八を吹かれたという話がある、シナには唐あたりの古いところにもとにかく尺八の名がある。しかしそれらの名前に相応する品物がどこまで同一のものであったかはわからない。長・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
出典:青空文庫