・・・「鶏卵と、玉子と、字にかくとおんなじというめくらだけれど、おさらいの看板ぐらいは形でわかりますからね、叱られやしないと多寡をくくって、ふらふらと入って来ましたがね。おさらいや、おおさえや、そんなものは三番叟だって、どこにも、やってやしま・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・且文芸上の作品の価値は区々の秤尺に由て討議し、又選票の多寡に由て決すべきもので無いから、文芸審査の結果が意料外なるべきは初めから予察せられる。之を重視するのが誤まっておるのだが、二十五六年前には全然社会から無視せられていた文芸の存在を政府が・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・朝帰りの客を当て込んで味噌汁、煮豆、漬物、ご飯と都合四品で十八銭、細かい商売だと多寡をくくっていたところ、ビールなどをとる客もいて、結構商売になったから、少々眠さも我慢出来た。 秋めいて来て、やがて風が肌寒くなると、もう関東煮屋に「もっ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・約半年ばかりは、東京のことが気にかかり東京の様子や変遷を知り進歩に遅れまいと、これつとめるのであるが、そのうちに田舎の自分に直接関係のある生活に心をひかれ、自分自身の生活の中に這入りこんで、麦の収穫の多寡や、村税の負担の軽重に、喜んだり腹を・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・「いや、聟殿があれを二の無いものに大事にして居らるるは予て知ってもおるが、……多寡が一管の古物じゃまで。ハハハ、何でこのわし程のものの娘の生命にかかろう。帰って申せ、わしが詫びてやる、心配には及ばぬとナ。女は夫を持つと気が小さくなるとい・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・理なり俊雄は秋子に砂浴びせられたる一旦の拍子ぬけその砂肚に入ってたちまちやけの虫と化し前年より父が預かる株式会社に通い給金なり余禄なりなかなかの収入ありしもことごとくこのあたりの溝へ放棄り経綸と申すが多寡が糸扁いずれ天下は綱渡りのことまるま・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・君の文学とかいうものが、どんなに巧妙なものだか知らないが、タカが知れているではないか。君の文学は、猿面冠者のお道化に過ぎんではないか。僕は、いつも思っていることだ。君は、せいぜい一人の貴族に過ぎない。けれども、僕は王者を自ら意識しているのだ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・叔母も、タカさんも泣き出した。私は口を曲げて、こらえた。しばらく、そうしていたが、どうにも我慢出来ず、そっと母の傍から離れて廊下に出た。廊下を歩いて洋室へ行った。洋室は寒く、がらんとしていた。白い壁に、罌粟の花の油絵と、裸婦の油絵が掛けられ・・・ 太宰治 「故郷」
・・・私がこの三鷹に引越して来て、まだ四日しか経っていないのだから何も知るまいと、多寡をくくって出鱈目を言っているのに違いない。服装からしていい加減だ。よごれの無い印半纏に、藤色の伊達巻をきちんと締め、手拭いを姉さん被りにして、紺の手甲に紺の脚絆・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・大理想も大思潮も、タカが知れてる。そんな時代になったんですよ。僕は、いまでは、エゴイストです。いつのまにやら、そうなって来ました。菊代の事は、菊代自身が処理するでしょう。僕たち二十代の者は、或る点では、あなたたちよりもずっと大人かも知れませ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
出典:青空文庫