・・・「もし君が他言しないと云う約束さえすれば、その中の一つくらいは洩らしてあげましょう。」 今度は本間さんの方で顔をしかめた。こいつは気違いかも知れないと云う気が、その時咄嗟に頭をかすめたからである。が、それと同時に、ここまで追窮して置・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・にもいってあるので、ここには多言を費やすことを避けよう。 私の目前の落ち着きどころはひっきょうこれにすぎない。ここに至って私は反省してみる。私のこの態度は、全く第三階級に寄与するところがないだろうか。私がなんらかの意味で第三階級の崩壊を・・・ 有島武郎 「想片」
・・・と少し多言になって来た。友人は、酒のなみなみつげてる猪口を右の手に持ったがまた、そのままおろしてしまった。「今の僕なら、どうせ、役場の書記ぐらいで満足しとるのやもの、徴兵の徴の字を見ても、ぞッとする程の意気地なしやけど、あの時のことを思うた・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・を行うに最も適したものは南画だという事はあえて多言を要しない事と思う。そういう事はもう自分のここに云うとはちがった言葉で云い古された事かもしれない。しかもこういう意味から見て絵画と称すべき絵画の我邦に存する事があまりに少ないのに驚くのである・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ このような自然の多様性と活動性とは、そうした環境の中に保育されて来た国民にいかなる影響を及ぼすであろうか、ということはあまり多言を費やさずとも明白なことであろう。複雑な環境の変化に適応せんとする不断の意識的ないし無意識的努力はその環境・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・都市のことを言うに臨んで公園の如き閑地の体裁について多言を費すのは迂愚の甚しきものであろう。昭和二年六月記 永井荷風 「上野」
・・・動は要するにかくのごとき性質のものであって、道徳と文芸との密接なる関係もまた上説のごとしとすれば、これからわが社会の要する文芸というものもまた同じ方向に同じ意味において発展しなければならないのも、また多言を要せずして明かな話であります。もし・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・六に多言にて慎なく物いひ過すは、親類とも中悪く成り家乱るゝ物なれば去べし。七には物を盗心有るを去る。此七去は皆聖人の教也。女は一度嫁して其家を出されては仮令二度富貴なる夫に嫁すとも、女の道に違て大なる辱なり。 男子が養子に行くも・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・また姦しく多言するなかれ、漫りに外出するなかれというも、男女共にその程度を過ぐるは誉むべきことにあらず。また巫覡に迷うべからず、衣服分限に従うべし、年少きとき男子と猥れ猥れしくすべからず云々は最も可なり。また夫を主人として敬うべしというは、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・の中にたのしみは木芽にやして大きなる饅頭を一つほほばりしときたのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてて食せけるときたのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時 多言するを須いず、これらの歌が曙覧ならざる人の口・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫