・・・なぜってたった今太右衛門と清作との悪いものを知らないで喰べたのを見ているのですから。 それに狐の学校生徒がみんなこっちを向いて「食うだろうか。ね。食うだろうか。」なんてひそひそ話し合っているのです。かん子ははずかしくてお皿を手に持ったま・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・それが今日、今、たった今、あの女のかおを見ると、あのだらけた皮膚の色と、いくじなさそうな様子とが毛虫よりいやに思われて来た、そうし敵でも見るように、そのかおの筋肉の一寸した動揺でも見のがしてなるものかと云うようにそのかおを見つめて居た、心の・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・ あっちこっち返して見ながら、こんなやすっぽい絵なんかのぬりたくってあるものを平気で出してよこす其の人が自分の趣味とあんまり違って居る様でいやだった。 たった今自分が手紙をやった人がこんな事を平気で居る人だと思うとあんまり嬉しい気は・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・斯うやって考えていると、地面でも掘って頭から埋って仕舞いたいような惨めな堪らない心持と一緒に、今、たった今、彼の墓を掘りかえし、彼の肩をつかみ、力限り揺ぶりたい衝動を感じる。彼に目を醒まさせ、一言返事をさせたい。本心をききたい。面当てか、そ・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・年月のたった今あの写真の印象を思いおこして見るとあの一葉の少女の像には当時の日本の知識階級人の一般の趣向を遙にぬいた御両親の和洋趣味の優雅な花が咲いていたのだと思われる。 森さんの旧邸は今元の裏が表口になっていて、古めかしい四角なランプ・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・それでもおれは命が惜しくて生きているのではない、おれをどれほど悪く思う人でも、命を惜しむ男だとはまさかに言うことが出来まい、たった今でも死んでよいのなら死んでみせると思うので、昂然と項をそらして詰所へ出て、昂然と項をそらして詰所から引いてい・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それと同時に氷のように冷たい物が、たった今平手がさわったと思うところから、胸の底深く染み込んだ。何とも知れぬ温い物が逆に胸から咽へのぼった。甘利は気が遠くなった。 三河勢の手に余った甘利をたやすく討ち果たして、髻をしるしに切り取った・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫