・・・道は庭先をだらだら下りると、すぐに浜へつづいていた。「泳げるかな?」「きょうは少し寒いかも知れない。」 僕等は弘法麦の茂みを避け避け、(滴をためた弘法麦の中へうっかり足を踏み入れると、ふくら脛の痒そんなことを話して歩いて行った。・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・「さて、夜がふけてから、御寺を出て、だらだら下りの坂路を、五条へくだろうとしますと、案の定後から、男が一人抱きつきました。丁度、春さきの暖い晩でございましたが、生憎の暗で、相手の男の顔も見えなければ、着ている物などは、猶の事わかりませぬ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・その内にもう二人は、約束の石河岸の前へ来かかりましたが、お敏は薄暗がりにつくばっている御影の狛犬へ眼をやると、ほっと安心したような吐息をついて、その下をだらだらと川の方へ下りて行くと、根府川石が何本も、船から挙げたまま寝かしてある――そこま・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・坊主は開いた目も閉じて、ぼうとした顔色で、しっきりもなしに、だらだらと涎を垂らす。「ああ、手がだるい、まだ?」「いま一息。」―― 不思議な光景は、美しき女が、針の尖で怪しき魔を操る、舞台における、神秘なる場面にも見えた。茶店の娘とその父・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 行くことおよそ二里ばかり、それから爪先上りのだらだら坂になった、それを一里半、泊を急ぐ旅人の心には、かれこれ三里余も来たらうと思うと、ようやく小川の温泉に着きましてございまする。 志す旅籠屋は、尋ねると直ぐに知れた、有名なもので、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 町はだらだらとして、平地の上に横たわっているばかりであります。しかるに、どうしてこの町を「眠い町」というかといいますと、だれでもこの町を通ったものは、不思議なことには、しぜんと体が疲れてきて眠くなるからでありました。それで日に幾人とな・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・はいつもの饒舌癖がかえって大阪の有閑マダムがややこしく入り組んだ男女関係のいきさつを判らせようとして、こまごまだらだらと喋っているという効果を出しているし、大阪弁も女専の国文科を卒業した生粋の大阪の娘を二人まで助手に雇って、書いたものだけに・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・私の純粋戯曲理論から見ると、小説本など形式がだらだらして、なんだか汚らわしいように思われた。高等学校時代のことである。 高等学校は三高、山本修二先生、伊吹武彦先生など劇に関係のある先生がいて、一緒に脚本朗読会をやって変な声をだしていた。・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・ 音が近づくにつけて大きくなる、下草や小藪を踏み分ける音がもうすぐ後ろで聞こえる、僕の身体は冷水を浴びたようになって、すくんで来る、それで腋の下からは汗がだらだら流れる、何のことはない一種の拷問サ。 僕はただ夢中になって画いていたが・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・足元からすこしだらだら下がりになり萱が一面に生え、尾花の末が日に光っている、萱原の先きが畑で、畑の先に背の低い林が一叢繁り、その林の上に遠い杉の小杜が見え、地平線の上に淡々しい雲が集まっていて雲の色にまがいそうな連山がその間にすこしずつ見え・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫