・・・そのために彼はその洞察の強烈さにかかわらず、いつもリアクショナルな立場にいることになっている。衷心の希望は人間的であるのにかかわらず。 「現代史の裏面」 ベルナール氏、ヴァンダ、オーギュスト。バルザックはここで・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・ 私は、彼女の衷心の希望の対立を認めない訳には行きませんでした。真に良人を愛した者が、次の結婚を無感覚に事務的に取扱えないのは、本当の心持でしょう。それと共に、彼女が、出来る丈、人並より僅少に思われる幸福の割前を逃すまいとするのも、嘲笑・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・働いている者が一人もなかったため、小僧働きの環境はいつも手近な縁を辿って都市的な小市民的雰囲気に限られていたこと、その窒息的に濃い重い執こい空気の中で少年ゴーリキイが、天成の素質の健康さによって二六時中身をもがきつつ、而も成長の或る時期迄避・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・作者は、この主人公を衷心から支持し、登場人物の一人である医者の口をかりて、はっきりと次のように云わせている。「悪い結果が来るから悪いことをしないのではない。結果の如何にかかわらず、人はしなくてはならない事を、しなければいけないということ・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・物狂の女主人公達は、総て何かの意味で挫折した愛情の故に狂う哀れな女人であるし、幽霊となって現われる女達は、みんなこの世では果されなかった衷心の希望に惹かれて、再びこの世にそれを訴えようとして現われた人達である。 面白いのは、この時代の貴・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・江戸への注進には六島少吉、津田六左衛門の二人が立った。 三月二十四日には初七日の営みがあった。四月二十八日にはそれまで館の居間の床板を引き放って、土中に置いてあった棺を舁き上げて、江戸からの指図によって、飽田郡春日村岫雲院で遺骸を荼だび・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・殊に大学の三百年祭の事を知らせてよこした時なんぞは、秀麿はハルナックをこの目覚ましい祭の中心人物として書いて、ウィルヘルム第二世とハルナックとの君臣の間柄は、人主が学者を信用し、学者が献身的態度を以て学術界に貢献しながら、同時に君国の用をな・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・それが不思議な縁で、ふいと浪花節と云うものを聴いた。忠臣孝子義士節婦の笑う可く泣く可く驚く可く歎ず可き物語が、朗々たる音吐を以て演出せられて、処女のように純潔無垢な将軍の空想を刺戟して、将軍に睡壺を撃砕する底の感激を起さしめたのである。畑は・・・ 森鴎外 「余興」
市の中心を距ること遠き公園の人気少き道を男女逍遥す。 女。そこでこれ切りおしまいにいたしましょうね。まあ、お互に成行に任せた方が一番よろしゅうございますからね。つまりそうした時が来ましたのですわ。さあ、お別れにこの手に・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・燈火は下等の蜜蝋で作られた一里一寸の松明の小さいのだからあたりどころか、燈火を中心として半径が二尺ほどへだたッたところには一切闇が行きわたッているが、しかし容貌は水際だッているだけに十分若い人と見える。年ごろはたしかに知れないが眼鼻や口の権・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫