・・・余は息を凝らして両人を注視する。女はなお説明をつづける。「この紋章を刻んだ人はジョン・ダッドレーです」あたかもジョンは自分の兄弟のごとき語調である。「ジョンには四人の兄弟があって、その兄弟が、熊と獅子の周囲に刻みつけられてある草花でちゃんと・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・いろいろの事情で、私は私の企てた事業を半途で中止してしまいました。私の著わした文学論はその記念というよりもむしろ失敗の亡骸です。しかも畸形児の亡骸です。あるいは立派に建設されないうちに地震で倒された未成市街の廃墟のようなものです。 しか・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・分なるに、盗賊を捕えて詮議せんとすれば則ち貪慾の二字を持出し、貪慾の心は努ゆめゆめ発す可らず、物を盗む人あらば言語を雅にして之を止む可し、怒り怨む可らず、尚お其盗人が物を返さずして怒ることあらば、暫く中止して復た後にす可しと教うるが如し。婦・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ウラジヴォストクの某氏へ電報打とうと云って、頼信紙に書きまでしたが、大抵五時だろうと云う車掌の言葉に電報は中止した。 ――明日どうせせわしいんだから、ちゃんと今日荷物しとかなけりゃいけない。 連絡船は十二時に出る。一週間に一度である・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・そんなユーモラスな一つの記録も、こんにちよめば、制服の警官が臨監して、中止! 中止! と叫ぶ場内の光景はいきいきと目にうかんで来る。われわれの文学史の、これが生きた一頁であった。「一連の非プロレタリア的作品」という論文は当時やかましく論・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・これまで文化反動に対して私がいろんな場面でどのようにたたかってきているか、また現在小説・評論などによってどんなにたたかいつつあるかということは、日本の民主化にまじめな関心をもって注視している人々ならば見おとしてはいないのである。最近『思想と・・・ 宮本百合子 「河上氏に答える」
・・・いい加減で中止。○ バラさん風呂。一人で椅子にかけ、窓の高いところから青い冬空と風にゆられている樹の梢を眺めている。廊下では例によってフランスのお爺さんと毛糸屋さんとが特徴のある年よりらしい甲高声で、何とか何とかネスパ? ああウイウイと・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・この頃わたしたちが本当にききたいと思うような講演会で中止にならないことはありません。公判で堂々と話される演説には、どんなにはっきり云われても、中止! はないのです。これだけでも、わたしらの教わることは話のほかです。 私は失業中で切ない暮・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・そして、世界の平和と民主を欲する数千万人の注視のもとに。 日本の新首相が施政方針演説もしないで公務員法案を押しきろうとすることは、古い政治家の厚顔な腹の力かもしれないけれども、アメリカの大統領選挙の生々しい教訓は、日本のわたしたちにも少・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・「ほら、ね、この人指し指と中指の間から出てる筋、これがずっと一本で通ってないでしょう、初め一寸で一旦切れ――これが十九年前の分よ。それからこうやってまた一寸、また一寸。――御覧なさい、あとは数知れず、じゃないの」「――浄瑠璃や」・・・ 宮本百合子 「高台寺」
出典:青空文庫