・・・女の児の入口は、左手の、受付と書いてはあるがいつも閉っている小さいガラス戸の横についていて、そこは先生の入口と直角になっていた。先生の入口から入ったところに、長い幅ひろい机をおいた裁縫室があって、窓の下にオルガンがあり、壁に音階表がかけもの・・・ 宮本百合子 「藤棚」
・・・そんならと云って、教育のない、信仰のある人が、直覚的に神霊の存在を信じて、その間になんの疑をも挿まないのとも違うから、自分の祭をしているのは形式だけで、内容がない。よしや、在すが如く思おうと努力していても、それは空虚な努力である。いやいや。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・足一本でいつまでも立っていて、も一つの足を直角に伸ばしていられる位、丈夫なのです。丁度地に根を深く卸している木のようなのですね。肩と腰の濶い地中海の type とも違う。腰ばかり濶くて、肩の狭い北ヨオロッパのチイプとも違う。強さの美ですね。・・・ 森鴎外 「花子」
・・・しかしその本能的な直覚においては内生の雑駁な統一の力の弱い文明人よりはるかに鋭いのである。恐らく美に対するその全存在的な感激において、当時の我々の祖先はその後のどの時代の子孫よりも優っていただろう。彼らを新しい運動に引き入れたのは、確かに芸・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・ 感受性が鋭く、内生が豊富で、象徴を解する強い直覚力を豊かに獲得しているものはさまざまな対象の生命の動きを自己の内に深く感じ得るだろう。彼らは外に現われたさまざまな現象を見るのみならず、その内部の生命に力強く没入し行く。彼らの感ずるのは・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・先生は相手の心の純不純をかなり鋭く直覚する。そうして相手の心を細かい隅々にわたって感得する。先生の心臓は活発にそれに反応するが、しかし先生はそれだけを露骨に発表することを好まなかった。先生は親切を陰でする、そうして顔を合わせた時にその親切に・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・人の世を超越して宇宙の神秘を直覚したる心霊は衆を化し群を悟らす時初めて完全である。吾人の心は安逸を貪るべきでない。真と義と愛と荘とのためにあらゆる必死の奮闘を要す。精神が「義」に猛烈なる執着をなせば犠牲の念は忽然として翼をのぶ。ニュウトンと・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫