・・・見る見る大きく近くなって来て、そのてっぺんにはちらりちらりと白い泡がくだけ始めました。Mは後から大声をあげて、「そんなにそっちへ行くと駄目だよ、波がくだけると捲きこまれるよ。今の中に波を越す方がいいよ」 といいました。そういわれれば・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・むらむらと沈んだ、燻った、その癖、師走空に澄透って、蒼白い陰気な灯の前を、ちらりちらりと冷たい魂がさまよう姿で、耄碌頭布の皺から、押立てた古服の襟許から、汚れた襟巻の襞ひだの中から、朦朧と顕れて、揺れる火影に入乱れる処を、ブンブンと唸って来・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・目からはなすと、またちらりちらり美しい火が燃えだします。 ホモイはそっと玉をささげて、おうちへはいりました。そしてすぐお父さんに見せました。すると兎のお父さんが玉を手にとって、めがねをはずしてよく調べてから申しました。 「これは有名・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・もがきの間に、ちらり、ちらりと頭を掠めている。生活との経済的なくみうちが前面にのっていて、しかも、これまでの日本の社会では、経済上、自立した一つの単位として見られることのなかった主婦、母たちのもがきであるために、苦悩と混乱とは名状しがたい。・・・ 宮本百合子 「『この果てに君ある如く』の選後に」
・・・この作品の背景となった農村の生活は、その後、作者の生活の大きな曲り角の一つ一つに、背景となってちらり、ちらりと現れて来ている。「伸子」の或る部分に。「播州平野」の或る部分に。それぞれ、日本の歴史の波が、この農村の生活そのものをも変化させてい・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ さかんな拍手に迎えられて演壇へ出てきたのは二十二三の緑色ジャケツと純白なカラーのコムソモールカだ。が、然しこれは又なんと高速度演説! ちらりちらり上眼で聴衆を見ながら一分間息もつかぬ女声の速射砲。農婦と工場労働婦人の結合のため、我々コムソ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・凄じい風に押されて、彼方に一団此方に一団とかたまった電光を含む叢雲が、揺れ動き崩れかかる、その隙間にちらり、ちらりヴィンダーブラの大三叉を握った姿、ミーダの鞭を振る姿、カラがおどろにふり乱した髪を吹きなびかせて怒号する姿、黒い影絵のように見・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 婦人の傍聴人はその間にちらり、ちらりと見えるだけであった。ベンチのとなりに派手な装いの二十四、五の女のひとがいたが、茶色の背広をつけた頭の禿げた男がぶらりぶらりとこちらへ来て通りすがりに何か一寸その女のひとに言葉をかけて行った。そばに・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・そういう彼の問いに答えるのは、堂々めぐりの混乱、ちらり、ちらりと見えながら、しっかりと掴めない、よい生活への希望の閃きである。丁度この苦しい時期に、ゴーリキイの宝のような祖母さんが死んだ。その悲しみを打ちあける一人の友達もパン焼釜のある地下・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫