・・・そのごたごたした中を、方々の救護班や、たき出しをのせた貨物自動車がかけちがうし、焼けあとのトタン板をがらがらひきずっていく音がするなぞ、その混雑と言ったらありません。 地震のために脱線したり、たおれこわれたりした列車は、全被害地にわたっ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 私は、ほっとして、それでは帰ろうかと腰を浮かしかけた途端に、馬小屋のほうで、「馬鹿! 命をそまつにするな!」と、あきらかに署長の声です。続いて、おそろしく大きい物音が。 名誉職は、そこまで語って、それから火鉢の火を火箸でい・・・ 太宰治 「嘘」
・・・あの樹木に覆われているひくいトタン屋根は、左官屋のものだ。左官屋はいま牢のなかにいる。細君をぶち殺したのである。左官屋の毎朝の誇りを、細君が傷つけたからであった。左官屋には、毎朝、牛乳を半合ずつ飲むという贅沢な楽しみがあったのに、その朝、細・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ カチリと三つのコップが逢って、それから三人ぐっと一息に飲みほした。途端に、熊本君は、くしゃんと大きいくしゃみを発した。「よし。よろこびのための酒は一杯だけにして止めよう。よろこびを、アルコオルの口実にしてはならぬ。」私は、もっとビ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ あの言葉、この言葉、三十にちかき雑記帳それぞれにくしゃくしゃ満載、みんな君への楽しきお土産、けれども非運、関税のべら棒に高くて、あたら無数の宝物、お役所の、青ペンキで塗りつぶされたるトタン屋根の倉庫へ、どさんとほうり込まれて、ぴし・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・汽車から見た青森市の家はほとんど皆トタン葺またはコケラ葺の板壁である。いかにも軽そうで強風に吹飛ばされそうな感じがする。永久性と落着きのないのは、この辺の天然の反対である。浅虫温泉は車窓から見ただけで卒業することにした。 夕方連絡船に乗・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・長い間雨ざらしになっているらしい鉄の構造物はすっかり赤さびがして、それが青いトタン屋根と美しい配合を示している。煙突なども倒れかかったままになってなんとなく荒れ果てたながめである。この工場のために掘ったかと思われる裏のため池には掘割溝から川・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・明治大学前に黒焦の死体がころがっていて一枚の焼けたトタン板が被せてあった。神保町から一ツ橋まで来て見ると気象台も大部分は焼けたらしいが官舎が不思議に残っているのが石垣越しに見える。橋に火がついて燃えているので巡査が張番していて人を通さない。・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・屋根のトタンにも石にも一面に名前や日付が刻みつけてあります。塔をおりて扉をドンドンたたく。しばらく待ってもあけてくれぬ。またドンドン靴でける。しばらく待っているとやっとあけてくれた。入れちがいにまた一人塔へ上る人があって、これにも同じ事をい・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 可笑しいことには、古来の屋根の一型式に従ってこけら葺の上に石ころを並べたのは案外平気でいるそのすぐ隣に、当世風のトタン葺や、油布張の屋根がべろべろに剥がれて醜骸を曝しているのであった。 甲州路へかけても到る処の古い村落はほとんど無・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
出典:青空文庫