・・・ 答 我ら河童はいかなる芸術にも河童を求むること痛切なればなり。 会長ペック氏はこの時にあたり、我ら十七名の会員にこは心霊学協会の臨時調査会にして合評会にあらざるを注意したり。 問 心霊諸君の生活は如何? 答 諸君の生活と異・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・去って天竺の外に南瓜を求むるに若かず。 三、佐藤の作品中、道徳を諷するものなきにあらず、哲学を寓するもの亦なきにあらざれど、その思想を彩るものは常に一脈の詩情なり。故に佐藤はその詩情を満足せしむる限り、乃木大将を崇拝する事を辞せざると同・・・ 芥川竜之介 「佐藤春夫氏の事」
・・・ 修理は、止むを得ず、毎日陰気な顔をして、じっと居間にいすくまっていた。何をどうするのも苦しい。出来る事なら、このまま存在の意識もなくなしてしまいたいと思う事が、度々ある。が、それは、ささくれた神経の方で、許さない。彼は、蟻地獄に落ちた・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・汝の影を止むべき所にあらず、」と。悪魔呵々大笑していわく、「愚なり、巴。汝がわれを唾罵する心は、これ即驕慢にして、七つの罪の第一よ。悪魔と人間の異らぬは、汝の実証を見て知るべし。もし悪魔にして、汝ら沙門の思うが如く、極悪兇猛の鬼物ならんか、・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ これじつに我々が未来に向って求むべきいっさいである。我々は今最も厳密に、大胆に、自由に「今日」を研究して、そこに我々自身にとっての「明日」の必要を発見しなければならぬ。必要は最も確実なる理想である。 さらに、すでに我々が我々の理想を発・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・冬至の第一日に至りて、はたと止む、あたかも絃を断つごとし。 周囲に柵を結いたれどそれも低く、錠はあれど鎖さず。注連引結いたる。青く艶かなる円き石の大なる下より溢るるを樋の口に受けて木の柄杓を添えあり。神業と思うにや、六部順礼など遠く来り・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 暑さに憩うだけだったら、清水にも瓜にも気兼のある、茶店の近所でなくっても、求むれば、別なる松の下蔭もあったろう。 渠はひもじい腹も、甘くなるまで、胸に秘めた思があった。 判官の人待石。 それは、その思を籠むる、宮殿の大なる・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 気が違わぬから、声を出して人は呼ばれず、たすけを、人を、水をあこがれ求むる、瞳ばかりみはったが、すぐ、それさえも茫となる。 その目に、ひらりと影が見えた。真向うに、矗立した壁面と、相接するその階段へ、上から、黒く落ちて、鳥影のよう・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・俺が覚えてからも、止むを得ん凶事で二度だけは開けんければならんじゃった。が、それとても凶事を追出いたばかりじゃ。外から入って来た不祥はなかった。――それがその時、汝の手で開いたのか。侍女 ええ、錠の鍵は、がっちりささっておりましたけれど・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 豪雨は今日一日を降りとおして更に今夜も降りとおすものか、あるいはこの日暮頃にでも歇むものか、もしくは今にも歇むものか、一切判らないが、その降り止む時刻によって恐水者の運命は決するのである。いずれにしても明日の事は判らない。判らぬ事には・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
出典:青空文庫