・・・この肥った客の出現以来、我々三人の心もちに、妙な狂いの出来た事は、どうにも仕方のない事実だった。 客は註文のフライが来ると、正宗の罎を取り上げた。そうして猪口へつごうとした。その時誰か横合いから、「幸さん」とはっきり呼んだものがあった。・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ 愈どうにも口が出せなくなった本間さんは、そこで苦しまぎれに、子供らしい最後の反駁を試みた。「しかし、そんなによく似ている人間がいるでしょうか。」 すると老紳士は、どう云う訳か、急に瀬戸物のパイプを口から離して、煙草の煙にむせな・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・医師のお父さんが、診察をしたばかりで、薮だからどうにも出来ない。あくる朝なくなりました。きらずに煮込んだ剥身は、小指を食切るほどの勢で、私も二つ三つおすそわけに預るし、皆も食べたんですから、看板のしこのせいです。幾月ぶりかの、お魚だから、大・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・けれども私の言う事はほんとうです……今度の火事も私の気でどうにもなる。――私があるものに身を任せれば、火は燃えません。そのものが、思の叶わない仇に、私が心一つから、沢山の家も、人も、なくなるように面当てにしますんだから。 まあ、これだっ・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・見てきた牛の形が種々に頭に映じてきてどうにもしかたがない。無理に酒を一口飲んだまま寝ることにした。 七日と思うてもとても七日はいられず三日で家に帰った。人の家のできごとが、ほとんどよそごとでないように心を刺激する。僕はよほど精神が疲れて・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・「なにしあわせなことがあるもんですか、五人も六人も子どもがあってみなさい、どうにもこうにも動きのとれるもんじゃないです。私はあなたは子がなくてしあわせだと思ってます」 予は打ち消そうとこういってみたけれど、お光さんの境遇に同情せぬこ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・それが自分の感じとぴったり合しつゝ書き進むるようならば、もう文章のある域まで達したのであるが、これと反対に思うところ感ずるところが、一字一行にも骨が折れてどうにも書き進められない場合がある。徒らに苦んだ果は、自分には所謂文章が書けないのでは・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・が、それはまだ我慢もできるとして、どうにもこうにも我慢のできないのは、少し寝床の中が暖まるとともに、蚤だか虱だか、ザワザワザワザワと体じゅうを刺し廻るのだ。私が体ばかり豌々させているのを見て、隣の櫛巻がまた教えてくれた。「お前さん、こん・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・男の無理強いをどうにも断り切れぬ羽目になったらしいと、うんざりした。 しかし、なおも躊躇っていると、「これほど言うても、飲んでくれはれしまへんか」 と男が言った。 意外にも殆んど哀願的な口調だった。「飲みましょう」 ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・何をやらしてみても、力いっぱいつかいすぎて、後になるほど根まけしてしまうといういつもの癖が、こんな話のしかたにも出てしまったわけで、いわば自業自得ですが、しかしこうなればもうどうにもしようがない、駈足で語らしてもらうほかはありますまい。・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫