・・・ふと気が付いて見るといつの間に這入って来たか枕元に端然とこの岡村先生が坐っていたので、吃驚してしまって、そうして今の独語を聞かれたのではないかと思って、ひどく恥ずかしい思いをした。しかし何を言っていたかは今少しも覚えていない。ただ恥ずかしか・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・ここに黄ばんだしみのあるのも鼠のいたずらじゃないかしらんなど独語を云いながら我も手伝うておおかた三宝の清めも済む。取散らした包紙の黴臭いのは奥の間の縁へほうり出して一ぺん掃除をする。置所から色々の供物を入れた叺を持ってくる。父上はこれに一々・・・ 寺田寅彦 「祭」
・・・ これらの読後の感想についてはしるしたい事がいろいろあるが、この稿とは融合しない性質のものだから、それは別の機会に譲る事にした。 寺田寅彦 「笑い」
・・・それから暫く山口の高等学校にいたが、遂に四高の独語教師となって十年の歳月を過した。金沢にいた十年間は私の心身共に壮な、人生の最もよき時であった。多少書を読み思索にも耽った私には、時に研究の便宜と自由とを願わないこともなかったが、一旦かかる境・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・そして尚ボードレエルの言うように、僕もまたそのように、都会の雑沓の中をうろついたり、反響もない読者を相手にして、用にも立たぬ独語などをしゃべって居る。 町へ行くときも、酒を飲むときも、女と遊ぶときも、僕は常にただ一人である。友人と一緒に・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・と、吉里の声は存外沈着いていた。 平田は驚くほど蒼白た顔をして、「遅くなッた、遅くなッた」と、独語のように言ッて、忙がしそうに歩き出した。足には上草履を忘れていた。「平田さん、お草履を召していらッしゃい」と、お梅は戻ッて上草履を持ッ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・大変ひろく読まれながら、その読後の感想というものが読者の側からはっきりと反映して来ないまま、読者は作家と馴れあって一種の流行の空気を作者のためにかもし出す作用を行っている作品である。「結婚の生態」が、まともな文学作品としてとりあげら・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・はいるし、それが矛盾に於て把握されているが、そうした矛盾した複雑性も、作者の余りにも構えた分析解明の跡が見えすぎ、如実に操られている各性格が息のかよわぬ人形であることがいよいよ哀しく読者に印象される。読後、私は妙なことを感じた。というのは、・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
『中央公論』の新年号に、アンドレ・ジイドのソヴェト旅行記がのっている。未完結のものであるが、あの一文に注目をひかれ、読後、様々の感想を覚えた読者は恐らく私一人にとどまらなかったであろうと思う。 間もなく、去る一月六日から・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・これは同時に、英、仏、独語で出版される。委員はアヴェルバッハ、アッセーエフ、ゾズーリャーなどだ。 プロレタリア文学への新しい部隊養成の目的で、「ラップ」は三一年の正月から、新しい文学雑誌発行をもくろんでいる。 ところで最近の『文学新・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
出典:青空文庫