・・・その心的方面を云うと、この無益な心的要素が何れ程まで修練を加えたらものになるか、人生に捉われずに、其を超絶する様な所まで行くか、一つやッて見よう、という心持で、幾多の活動上の方面に接触していると、自然に、人生問題なぞは苦にせずに済む。で、こ・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・思想之法則は人間の頭に上る思想を整理するだけで、其が人間の真生活とどれだけの関係があるか。心理学上、人間は思想だけじゃない。精神活動力の現われ方には情もあれば知もあり意もある。それを思想だけ整理しても駄目じゃないか。成程、相等しき物は同一な・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・あの苦労の影を熟く味ったら、その中からどれ程嬉しさが沸いたやら知れなんだ物を。ああ、悲の翼は己の体に触れたのに、己の不性なために悲の代に詰まらぬ不愉快が出来たのだ。もう暗くなった。己はまた詰まらなくくよくよと物案じをし出したな。ほんにほんに・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ どれもこれもいかぬとして今一つの方法はミイラになる事である。ミイラにも二種類あるが、エジプトのミイラというやつは死体の上を布で幾重にも巻き固めて、土か木のようにしてしまって、其上に目口鼻を彩色で派手に書くのである。其中には人がいるのに・・・ 正岡子規 「死後」
・・・「うるさいなあ、どれだい、おや!」「昨日はあんなものなかったよ」「おい、大変だ。おい。おまえたちはこどもだけれども、こういうときには立派にみんなのお役にたつだろうなあ。いいか。おまえはね、この森をはいって行ってアルキル中佐どのに・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・例えば親子間の愛――この世にたった一つしかないいきさつですらも、どれだけ円満にいっていましょう。愛と平和――それは今の経済学、哲学とかの学問で説明したり、解剖したりする論理としての論理でなく、皆の分かり切った常識として、人間の生活に自由なも・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・そして、木村との関係、倉知との関係が何れも間違っていたということを言っている。最後には凡てを思い捨てた形で、許すことも許されることもない、凡ての人に水の如き一種の愛を感じるような心持に置かれている。 葉子は自分の生活を間違っていたとだけ・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・しかしとても捨てることは出来ないから、何れ一つ一つをつくろいましょうが、人に頼めるものでもなし、まあ来年のお楽しみね。あれを一つ一つつくろったのが届いたら、それは完全に豚妻の眼がよくなった証拠といえましょう。 用事帳云々のくだりは特に二・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・木村の関係している雑誌に出ている作品には、どれにも情調がない。木村自己のものにも情調がないようである。」 約めて言えばこれだけである。そして反対に情調のある文芸というものが例で示してあったが、それが一々木村の感服しているものでなかった。・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・あなた一頭曳と二頭曳とはどれだけ違うか御承知。男。いや。分かりませんなあ。貴夫人。第一。一頭曳の馬車は窓硝子ががちゃがちゃ鳴って、並んで据わっている人の話が聞えませんでしょう。それから一頭曳の馬車に十月に乗りますと、寒くて気持が悪い・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫