・・・枝々のなかの水田の水がどんよりして淀んでいるのに際立って真白に見えるのは鷺だった、二羽一ところに、ト三羽一ところに、ト居て、そして一羽が六尺ばかり空へ斜に足から糸のように水を引いて立ってあがったが音がなかった、それでもない。 蛙が一斉に・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・ 三月の中の七日、珍しく朝凪ぎして、そのまま穏かに一日暮れて……空はどんよりと曇ったが、底に雨気を持ったのさえ、頃日の埃には、もの和かに視められる……じとじととした雲一面、星はなけれど宵月の、朧々の大路小路。辻には長唄の流しも聞えた。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・青にしろ、浅葱にしろ、矢張着人によって、どんよりとして、其の本来の色を何処かに消して了う。 要するに、其の色を見せることは、其の人の腕によることで、恰も画家が色を出すのに、大なる手腕を要するが如しだ。 友染の長襦袢は、緋縮緬の長襦袢・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・……鮹かと思うと脚が見えぬ、鰈、比目魚には、どんよりと色が赤い。赤あかえいだ。が何を意味する?……つかわしめだと聞く白鷺を引立たせる、待女郎の意味の奉納か。その待女郎の目が、一つ、黄色に照って、縦にきらきらと天井の暗さに光る、と見つつ、且つ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・鼠色の空はどんよりとして、流るる雲も何にもない。なかなか気が晴々しないから、一層海端へ行って見ようと思って、さて、ぶらぶら。 門の左側に、井戸が一個。飲水ではないので、極めて塩ッ辛いが、底は浅い、屈んでざぶざぶ、さるぼうで汲み得らるる。・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ちょうど、そのとき、海の上は曇って、あちらは灰色にどんよりとしていました。 すると、たちまち足もとの厚い氷が二つに割れました。こんなことは、めったにあるものでありません。みんなは、たまげた顔つきをして、足もとを見つめていますと、その割れ・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・そして、海は、ちょうど死んだ魚の眼のようにどんよりと曇って、毎日雪が降っていました。 一疋の親の海豹が、氷山のいただきにうずくまって、ぼんやりとあたりを見まわしていました。その海豹は、やさしい心を持った海豹でありました。秋のはじめに、ど・・・ 小川未明 「月と海豹」
朝からどんより曇っていたが、雨にはならず、低い雲が陰気に垂れた競馬場を黒い秋風が黒く走っていた。午後になると急に暗さが増して行った。しぜん人も馬も重苦しい気持に沈んでしまいそうだったが、しかしふと通り魔が過ぎ去った跡のような虚しい慌し・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・そして白い、短い眉毛の下の大きな、どんよりした、青い目で連の方を見ている。老人は直ぐ前を行く二人の肘の間から、その前を行く一人一人の男等を丁寧に眺めている。その歩き付きを見る。その靴や着物の値ぶみをする。それをみな心配げな、真率な、忙しく右・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・蒲団の更紗へ有明行灯の灯が朧にさして赤い花の模様がどんよりとしている。 何だか煮えきらない。藤さんが今度来たのはどうしたのだというのか。何かおもしろくない事情があるのであろうか。小母さんは何とか言いかけてひょっくり黙ってしまった。藤さん・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫