・・・「怪しからん、庭に狐が居る、乃公が弓を引いた響に、崖の熊笹の中から驚いて飛出した。あの辺に穴があるに違いない。」 田崎と抱車夫の喜助と父との三人。崖を下りて生茂った熊笹の間を捜したが、早くも出勤の刻限になった。「田崎、貴様、よく・・・ 永井荷風 「狐」
・・・外国人に対して乃公の国には富士山があるというような馬鹿は今日はあまり云わないようだが、戦争以後一等国になったんだという高慢な声は随所に聞くようである。なかなか気楽な見方をすればできるものだと思います。ではどうしてこの急場を切り抜けるかと質問・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・こんどは向うから妙な顔色をした一寸法師が来たなと思うと、これすなわち乃公自身の影が姿見に写ったのである。やむをえず苦笑いをすると向うでも苦笑いをする。これは理の当然だ。それから公園へでも行くと角兵衛獅子に網を被せたような女がぞろぞろ歩行いて・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ただ、お前のその骨に内攻した梅毒がそれ以上進行しないってことになれば、まだまだ大丈夫だ。 お前の手、腕、はますます鍛われて来た。お前の足は素晴らしいもんだ。お前の逞しい胸、牛でさえ引き裂く、その広い肩、その外観によって、内部にあるお前自・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・『決して後の事心配しなさるでねえよ。私何様思いをしても、阿母や此児に餓じい目を見せる事でねえから、安心して行きなさるが可えよ。』 良人の其人も目は泣きながら、嬉しそうに首肯かれたのでした。『乃公はもう何んにも思い置く事はねえよ。村に帰っ・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・主人の貪欲不人情、竈の下の灰までも乃公の物なりと絶叫して傍若無人ならんには、如何に従順なる婦人も思案に余ることある可し。此時に当り婦人の身に附きたる資力は自から強うするの便りにして、徐々に謀を為すこと易し。仮令い斯くまでの極端に至らざるも、・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・一、馬から落ちたところが打身内攻し足が引つれ、苦しむ。一、六年間床についたきり。一、恢復して伝道、〔欄外に〕Leading passion for Utari. 周囲の人 母 好人物 ドメステ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・着姿の被告たちにまじって、ただ一人きちんとネクタイをつけ上着のボタンをかけた背広服姿の竹内被告が、腹の下に両手をくみ合わせ、やや頭を左に傾けた下眼づかいに正座している当日の彼の写真は、全身の抑制された内向的な表情によっても、同じベンチに並ん・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・封建時代の日本人がその社会生活から慣習づけられていた感情抑制の必要、美の内攻性及び日本の建築、家具什器の材料に木、紙、竹、土類を主要品とした過去の日本の風土的特徴等が、「さび」を語った場合とりあげられなければならないであろう。 仏教の思・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・そして、その相剋を積極的な主張的なものとして出す力も社会的習慣をも持たない女が内攻的になり、嘘をつくようになり、本心を披瀝しないものとなって、ただ男を社会経済生活に必要なものとだけ見てゆくようになる、その卑俗性がまた男に反射して摩擦を激しく・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫