・・・三十にもなろうとする息子をつかまえて、自分がこれまでに払ってきた苦労を事新しく言って聞かせるのも大人気ないが、そうかといって、農場に対する息子の熱意が憐れなほど燃えていないばかりでなく、自分に対する感恩の気持ちも格別動いているらしくも見えな・・・ 有島武郎 「親子」
・・・道士は凡ての反感に打克つだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。 そこにフランシスがこれも裸形のままで這入って来てレオに代って講壇に登った。クララはなお顔を得上げなかった。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・お前たちの為めに最後まで戦おうとする熱意が病熱よりも高く私の胸の中で燃えているのみだった。 正月早々悲劇の絶頂が到来した。お前たちの母上は自分の病気の真相を明かされねばならぬ羽目になった。そのむずかしい役目を勤めてくれた医師が帰って後の・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ ねつい、怒った声が響くと同時に、ハッとして、旧の路へ遁げ出した女の背に、つかみかかる男の手が、伸びつつ届くを、躱そうとしたのが、真横にばったり。 伸しかかると、二ツ三ツ、ものをも言わずに、頬とも言わず、肩とも言わず、男の拳が、尾花・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・実に母と子の関係は奇蹟と云っても可い程に尊い感じのするものであり、また強い熱意のある信仰である。そして、母と子の愛は、男と女の愛よりも更に尊く、自然であり、別の意味に於て光輝のあるもののように感ずる。 私は多くの不良少年の事実に就いては・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・それが最初少数の信者であったにしても、その熱意の存するかぎり、永久に働きかけるものです。真の芸術の強味はこゝにあります。芸術戦線の戦士は、すべからくこの信念に生きなければならぬものです。 都会に、多くの作家があり、農村に多くの作家がある・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ 堯はこの頃生きる熱意をまるで感じなくなっていた。一日一日が彼を引き摺っていた。そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れようと焦慮っていた。――昼は部屋の窓を展いて盲人のようにそとの風景を凝視める。夜は屋の外の物音・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・といったような少しねつい種類の問題であったので、みんなすっかり面食らって、きれいに失敗してしまって、ほとんどだれも満足にできたものはなかった。その次の時間に先生が教壇に現われて、この悲しむべき事実を報告されたのであったが、その時の先生は実に・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ 今日、こういう過程を経た新聞人の進歩的な要素が、わたしたち人民の、ひろく強く生き進もうとする熱意と本当に自然な一致をもって結び合わされつつあるのは、実に意義深いことだと思う。言論が客観的な真理に立つ可能とその必然をますと共に、人民の生・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・どう現実のものとしてゆくかということは、私たちの熱意と実行力にかかっております。 宮本百合子 「明日を創る」
出典:青空文庫