・・・ ペルシアのした笛にシャクというのがある。またラッパ、むしろトロンボンの類でシャグバットサクビュトサカブケなども事によると何か縁があるかもしれない。 ヒトヨギリは「一節切り」に相違ないだろうが、これがヒチリキの子音転換とも見られるの・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・長き頸の高く伸したるに、気高き姿はあたりを払って、恐るるもののありとしも見えず。うねる流を傍目もふらず、舳に立って舟を導く。舟はいずくまでもと、鳥の羽に裂けたる波の合わぬ間を随う。両岸の柳は青い。 シャロットを過ぐる時、いずくともなく悲・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・――ふる露のしげきを思え。――薄き翼のいかばかり薄きかを思え。――広き野の草の陰に、琴の爪ほど小きものの潜むを思え。――畳む羽に置く露の重きに過ぎて、夢さえ苦しかるべし。果知らぬ原の底に、あるに甲斐なき身を縮めて、誘う風にも砕くる危うきを恐・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・のみならず道楽の念はとにかく道楽の途はまだ開けていなかったから、こうしたい、ああしたいと云う方角も程度も至って微弱なもので、たまに足を伸したり手を休めたりして、満足していたくらいのものだろうと思われる。今日は死ぬか生きるかの問題は大分超越し・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・傾けかけた首をふと持ち直して、心持前へ伸したかと思ったら、白い羽根がまたちらりと動いた。文鳥の足は向うの留り木の真中あたりに具合よく落ちた。ちちと鳴く。そうして遠くから自分の顔を覗き込んだ。 自分は顔を洗いに風呂場へ行った。帰りに台所へ・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・過ぐる日の饗筵に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩む時、首席を占むる隣り合せの二人が、何事か声高に罵る声を聞かぬ者はなかった。「月に吠ゆる狼の……ほざくは」と手にしたる盃を地に抛って、夜鴉の城主は立ち上る。盃の底に残れる赤き酒の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ウィリアムは身を伸したまま口籠る。「鴉に交る白い鳩を救う気はないか」と再び叢中に蛇を打つ。「今から七日過ぎた後なら……」と叢中の蛇は不意を打れて已を得ず首を擡げかかる。「鴉を殺して鳩だけ生かそうと云う注文か……それは少し無理じゃ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・』 若子さんが白い美しい手を、私の方へお伸しでしたから、私も其手につかまって、二人一緒に抱合う様にして、辛と放れないで待合室の傍まで行ったのでした。此処も一杯で、私達は迚も這入れそうもありませんでした。『若子さん、大層な人ですこと。・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・ただし金を納むるに、水引のしを用ゆべからず。一、このたび出張の講堂は、講書教授の場所のみにて、眠食の部屋なし。遠国より来る人は、近所へ旅宿すべし。ずいぶん手軽に滞留すべき宿もあるべし。一、社中に入らんとする者は、芝新銭座・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・蕪村の句のうちには時鳥柩をつかむ雲間より時鳥平安城をすぢかひに鞘ばしる友切丸や時鳥など極端にものしたるものあり。 桜の句は蕪村よりも芭蕉に多し。しかも桜のうつくしき趣を詠み出でたるは四方より花吹き入れて鳰・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫