・・・かくてようように眠りがはっきりと覚めたので、十分に体の不安と苦痛とを感じて来た。今人を呼び起したのも勿論それだけの用はあったので、直ちにうちの者に不浄物を取除けさした。余は四、五日前より容態が急に変って、今までも殆ど動かす事の出来なかった両・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・なぜ修身がほんとうにわれわれのしなければならないと信ずることを教えるものなら、どんな質問でも出さしてはっきりそれをほんとうかうそか示さないのだろう。一千九百廿五年十月廿五日今日は土性調査の実習だった。僕は第二班の・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ この初期の二つの評論にはっきりあらわれているように階級の歴史的経験を、自身の実感としないではいられなかった著者が「評価の科学性」からのち、益々解放運動とその文学運動の中心課題にてい身してゆくにつれ、論策も主としてプロレタリア文化・文学・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・シチュアシヨンの上に成り立つ情調なんぞと云う詞を読んでも、何物をもはっきり考えることが出来ない。木村は随分哲学の本も、芸術を論じた本も読んでいるが、こんな詞を読んでは、何物をもはっきり考えることが出来ない。いかにも文芸には、アンデフィニッサ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そのただ結構と云うだけの詞でも、それをわたくしが自分の詞の調子で申すことが出来ましたら、わたくしがもうあなたの自由になってもいいと思っていると云うことを、随分はっきりあなたにお知らせ申すことになりましたでしょう。ところがわたくしどならなくて・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・うちかて株内や云うたてはっきりしたことって何一つないのやし、組が引取らんならんのや。なアそうやろう? その間、わし処に安次を置いとくわ。」「そんねにうまい工合にいくやろか?」「まア事は何でもあたってみよや。組長さんに相談してみよにさ・・・ 横光利一 「南北」
・・・男は響の好い、節奏のはっきりしたデネマルク語で、もし靴が一足間違ってはいないかと問うた。 果して己は間違った靴を一足受け取っていた。男は自分の過を謝した。 その時己はこの男の名を問うたが、なぜそんな事をしたのだか分からない。多分体格・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・フィンクは吃驚して気分がはっきりした。そして糞と云った。その声が思ったより高く一間の中に響き渡ると、返事をするようにどの隅からもうめきや、寝返りの音や、長椅子のぎいぎい鳴る音や、たわいもない囈語が聞える。 フィンクは暫くぼんやり立ってい・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・しかしそういう変動を問題とするためには、その変動の前の室町時代の文化というものが、一体どういうものであったかを、はっきりと念頭に浮かべておかなくてはならぬ。 原勝郎氏はかつて室町時代は日本のルネッサンスの時代であると論じたことがある。日・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫