・・・ と鼻ぐるみ頭を掉って、「さとからじゃ、ははん。」と、ぽんと鼻を鳴らすような咳払をする。此奴が取澄ましていかにも高慢で、且つ翁寂びる。争われぬのは、お祖父さんの御典医から、父典養に相伝して、脈を取って、ト小指を刎ねた時の容体と少しも・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 斑はんみょうだ。斑が留っていた。「お誓さん、お誓さん。――その辺に、綺麗な虫が一つ居はしませんか、虫が。」「ええ。」「居る?」「ええ。居ますわ。」 バタリと口に啣えた櫛が落ちた。お誓は帯のむすびめをうしろに取って、・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・葛上亭長、芫青、地胆、三種合わせた、猛毒、膚に粟すべき斑はんみょうの中の、最も普通な、みちおしえ、魔の憑いた宝石のように、ぎらぎらと招いていた。「――こっちを襲って来るのではない。そこは自然の配剤だね。人が進めば、ひょいと五六尺退って、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「おっちゃんあっこ、おっちゃんあっこ、はんぶんはんぶん」 といいつついきなり父に取りつく。奈々子が菓子ほしい時に、父は必ずだっこしろ、だっこすれば菓子やるというために、菓子のほしい時彼はあっこあっこと叫んで父の膝に乗るのである。一つ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・えらそうにして聨隊の門を出て来る士官はんを見ると、『お前らは何をしておるぞ』と云うてやりとうなる。されば云うて、自分も兵隊はんの抜けがら――世間に借金の申し訳でないことさえ保証がつくなら、今、直ぐにでも、首くくって死んでしまいたい。」「・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・りんごが 二つ あるから、ちえだめしを して、よく できた ものに 一つ、あとの ふたりに はんぶんずつ やると しよう。」「むずかしい もんだい?」「いや、やさしい もんだいだ。おとうさんと おかあさんと、どちらが すきですか。」・・・ 小川未明 「三人と 二つの りんご」
・・・其のうちに三十四五の病身らしい女がはんてんを着て敷蒲団を二枚馬の脊に重ねて、其の上に座った。頭には、菅笠を被って前に風呂敷包を乗せている。草津行の女であるということが分った。 三階にいて私は、これから草津に湯治にゆく、此の哀れな女の身の・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・つまり言うたら、手っ取り早いとこ乳にありついたいうわけやが、運の悪いことは続くもんで、その百姓家のおばはん、ものの十日もたたんうちにチビスにかかりよった。なんぼ石切さんが腫物の神さんでも、チビスは専門違いや。ハタケは癒せても、チビスの方はハ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・何はともあれと、上るなり、「嫁はんになったそうやな。なぜわいに黙って嫁入りしたんや」 と、新ちゃんは詰問した。かつて唇を三回盗まれたことがあり、体のことがなかったのは、たんに機会の問題だったと今さら口惜しがっている新ちゃんの肚の中な・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「桃子はん、あんた、おいやすか、おいにやすか。オーさん、おいやすお言いやすのどっせ。あんたはん、どないおしやすか」「お母ちゃん、あて、かなわんのどっせ。かんにんどっせ」その会話は、オーさんという客が桃子という芸者と泊りたいとお内儀にたの・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫