・・・とうとう明神下の神田川まで草臥れ足を引摺って来たのが九時過ぎで、二階へ通って例の通りに待たされるのが常より一層待遠しかったが「こうして腹を空かして置くのが美食法の秘訣だ、」と、やがて持って来た大串の脂ッこい奴をペロペロと五皿平らげた。 ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・文学者の秘訣はそこにあります。こういう文学ならばわれわれ誰でも遺すことができる。それゆえに有難いことでございます。もしわれわれが事業を遺すことができなければ、われわれに神様が言葉というものを下さいましたからして、われわれ人間に文学というもの・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ごまかしはそれの増長したるなれば上手にも下手にも出所はあるべしおれが遊ぶのだと思うはまだまだ金を愛しむ土臭い料見あれを遊ばせてやるのだと心得れば好かれぬまでも嫌われるはずはござらぬこれすなわち女受けの秘訣色師たる者の具備すべき必要条件法制局・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ あの雨の日に、初老の不良文士の口から出まかせの「秘訣」をさずけられ、何のばからしいと内心一応は反撥してみたものの、しかし、自分にも、ちっとも名案らしいものは浮ばない。 まず、試みよ。ひょっとしたらどこかの人生の片すみに、そんなすご・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・そこが秘訣だ。その家族と喧嘩をして、追われるように田舎から出て来て、博覧会も、二重橋も、四十七士の墓も見たことがないそのような上京者は、私たちの味方だが、いったい日本の所謂「洋行者」の中で、日本から逃げて行く気で船に乗った者は、幾人あったろ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・世渡りの秘訣 節度を保つこと。節度を保つこと。緑雨 保田君曰く、「このごろ緑雨を読んでいます。」緑雨かつて自らを正直正太夫と称せしことあり。保田君。この果敢なる勇気にひかれたるか。ふたたび書簡のこと・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・男は少女にあくがれるのが病であるほどであるから、むろん、このくらいの秘訣は人に教わるまでもなく、自然にその呼吸を自覚していて、いつでもその便利な機会を攫むことを過らない。 年上の方の娘の眼の表情がいかにも美しい。星――天上の星もこれに比・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・いわゆる「成功の秘訣」にでもありそうなことや、「英国風紳士道教程」の一つのチャプターといったようなもののあるのは面白い。第十二、三十六、三十七、五十六、七十三、百七等の諸段はその例である。いずれも平凡と云えば平凡のことであるが、この平凡事を・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ この幻術の秘訣はどこにあるかと言えば、それは象徴の暗示によって読者の連想の活動を刺激するという修辞学的の方法によるほかはない。この方法が西欧で自覚的にもっぱら行なわれこれが本来の詩というものの本質であるとして高調されるに至ったのは比較・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
法制会が、婦人参政権の問題を否決したのは、さまで意外なことではありません。何にしろ日本は、やっと普通選挙が実現されるかされないかと云う、社会進化の途上にあります。 英国でさえ、殆ど百年に近い時日を費したこの問題が、そう・・・ 宮本百合子 「参政取のけは当然」
出典:青空文庫