・・・西部の森林地帯では「火事日和」なるものを指定して警報を発する設備もあるようである。 わが国でも毎年四五月ごろは山火事のシーズンである。同じ一日じゅうに全国各地数十か所でほとんど同時に山火事を発することもそう珍しくはない。そういう時はたい・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・小春の日和をよろこび法華経寺へお参りした人たちが柳橋を目あてに、右手に近く見える村の方へと帰って行くのであろう。 流の幅は大分ひろく、田舟の朽ちたまま浮んでいるのも二、三艘に及んでいる。一際こんもりと生茂った林の間から寺の大きな屋根と納・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・子供の時、春の日和に立っていて体が浮いて空中を飛ぶようで、際限しも無いあくがれが胸に充ちた事がある。また旅をするようになってから、ある時は全世界が輝き渡って薔薇の花が咲き、鐘の声が聞えて余所の光明に照されながら酔心地になっていた事がある。そ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 遠くの方から、ザザーッと、波の寄せる様な音をたてて風の渡って来るのを聞くと、秋の末の、段々寒さに向う頃の様な日和だと染々思う。 亡くなった妹の事や、浅ましい身に落ちて行く友達が悲しく思い出された。・・・ 宮本百合子 「雨の日」
・・・陽気な長閑な日和の時には、晴々と子供らしく、見る者の心まで和らげる彼等は、しんだ日に猶々心を沈ませるような姿を見せる。小鳥に対して人間は、いつも楽しげな、軽快なものという先入主を以て対している。それが気の無さそうな風をして、ひっそり足をすく・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・ 千世子の草履の音と京子の日和のいきな響が入りまじっていかにも女が歩くらしい音をたて時々思い出した様に又ははじけた様に笑う声が桜の梢に消えて行った。 京子のつつましやかな門の前に来た時千世子はいかにもとっつけた様に、ポックリ頭を下げ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ ころばない要心にどんな大雨でもそれより外履いた事のない私の足駄――それは低い日和下駄に爪皮のかかったものである――では、泥にもぐったり、はねがじきに上ったりして大層な難儀をしなければならなかった。 小一時間も掛って漸う赤門の傍まで・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 一区切り仕事を片づけた禰宜様宮田は、珍しい日和りにホッと重荷を下したような楽な心持になって、新道のちょうどカーブのかげに長々と横たわりながら、煙草をふかし始めた。 久振りでいい味がする。 後から差す日は、ポカポカと体中に行き渡・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 家の小作人の菊太と云う男が私のわきに来て、「良いお日和でござりやす。と低い声で呼びかけるまで、甚助の児がなげた石が足にあたって、そこが、うずきでもする様に、苦しい、さわると飛び上るほど、痛い様な気持で居た。 ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・法 まことにおだやかな日和はつづき家畜共さえ持てあますほどリンゴも熟れまいてのう。 これも皆神の御恵でござるわ。王 美くしゅうは熟れても、心のやくたいものうくされはてたのが多いのじゃ。法 したが世の中はその方が良い事が・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫