・・・畢竟我が人文のなお未だ鄙陋を免れざるの証として見るべきものなり。然り而してこの日本流の落語なりまた滑稽談なり、特に下等の民間に行わるる鄙陋なればなお恕すべしといえども、堂々たる上流の士君子と称する輩が、自ら鄙陋を犯してまた鄙陋を語り、醜臭を・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・顔は賢そうで、煎じ詰めたようで、やや疲労の気色を帯びている。そう云う態度や顔に適っているのはこの男の周囲で、隅から隅まで一定の様式によって、主人の趣味に合うように整頓してある。器具は特別に芸術家の手を煩わして図案をさせたものである。書架は豊・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 王子ははんけちを出してひろげましたが、あまりいちめんきらきらしているので、もうなんだか拾うのがばかげているような気がしました。 その時、風が来て、りんどうの花はツァリンとからだを曲げて、その天河石の花の盃を下の方に向けましたので、・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
・・・時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍してこれを握む。利爪深くその身に入り、諸の小禽、痛苦又声を発するなし。則ちこれを裂きて擅にたんじきす。或は沼田に至り、螺蛤を啄む。螺蛤軟泥中にあり、心柔に・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・そこで、名前を変えるには、改名の披露というものをしないといけない。いいか。それはな、首へ市蔵と書いたふだをぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、口上を云って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。」「そんなことはとても出来ません。」「い・・・ 宮沢賢治 「よだかの星」
・・・毎日の新聞記事をそっくりそのまま信じないまま、冷淡になってゆく心理の習慣、社会的な感情を生活の疲労とともに無反応、無批判にみちびいてゆく手段。これこそファシズムの社会心理学第一章です。軍部の「怪文書」が乱れとんで、出所も正体もわからないまま・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ところでこの間馬場先を通っていたらかねて新聞で披露されていた犯人逮捕用ラジオ自動車が消防自動車のような勢でむこうから疾走して来た。通行人も珍しげにそれをよけて見送っていた。ふと私は民間自動車のラジオは許されていず、その設備のある新車体はセッ・・・ 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
・・・を読んだすべてのひとは、患者が床の上におとした物を自分で拾うことを禁じている。そのように十分の看護婦が配置されているサナトリアムの設備におどろくのです。 看護婦というと、日本のこれまでの感情では何となしあらゆる困難に対して献身的で犠牲の・・・ 宮本百合子 「生きるための協力者」
・・・「世の中は、うまく出けたもんで捨る神あれば又拾う神ありや。鬼ばかりは居らへん。「有難いもんですねえ。 お金は十円札に厭味な流し眼をくれて口の先で笑った。「けど何なんでしょう、 それだけで一年分をすませるつもりなん・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常なすばしこさで、ちらりと左右に眼を配る。右を見、左を見、体はひきそばめて、咄嗟に翔び立つ心構えを怠らない。可愛く、子供らしく、浮立って首を動かすのではない。何か痛ましい、東洋の不純な都会・・・ 宮本百合子 「餌」
出典:青空文庫