・・・ 二年後の明治二十年に、二葉亭四迷の小説「浮雲」があらわれ、日本文学ではじめての個性描写、心理描写が試みられたのであった。この小説が当時の知識人に与えた衝撃は深刻且つ人生的なもので、己を知るに賢明であった逍遙が人及び芸術家としての自分を・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ああ何の不運ぞや。夫や聟は死に果てたに……こや平太の刀禰、聞きなされ、むす…むすめの忍藻もまた……忍藻もまた平太の刀禰……忍藻はまた出たばかり……昨夜……察しなされよ、平太の刀禰」「昨夜、そもいかになされた」 母は十分に口が利けなく・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・きわめて小さい不運をさえも、首を垂れて受けることのできない心傲れる者よ。そんな浅い心にどうして運命の深いこころが感じ得られよう。 私は固い腰掛けに身を沈めて、先ほどまでの小さい出来事を思い返した。一々の瞬間にそうならなければならないある・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・烏は績を謳歌してカアカアと鳴く、ただ願わくば田吾作と八公が身の不運を嘆き命惜しの怨みを呑んで浮世を去った事を永しえに烏には知らさないでいたい。 孝は東洋倫理の根本である、神も人もこれを讃美する。寒夜裸になって氷の上に寝たら鯉までが感心し・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫