・・・二葉亭はこの『小説神髄』に不審紙を貼りつけて坪内君に面会し、盛んに論難してベリンスキーを揮廻したものだが、私は日本の小説こそ京伝の洒落本や黄表紙、八文字屋ものの二ツ三ツぐらい読んでいたけれど、西洋のものは当時の繙訳書以外には今いったリットン・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・、其人はキリストが再び世に臨り給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神の有である、是れ今日の如くに永久に神の敵に委ねらるべき者ではない、神は其子を以て人類を審判き給う時に地を不信者の手より奪還して之を己を愛する者に・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ すると、空色の着物を着た子供は不審そうな顔つきをして、「なんで、君のお父さんや、お母さんはしかったんだい。」とききますと、正雄さんは、「人から、こんなものをもらうでないと、いって……。」と答えました。 すると、空色の着物を・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・その不審が心にありながら、それをいい出す前に、おじいさんの帰ってきなされたのがうれしくて、「おじいさん、いつ帰ってきたの?」と問いました。「昨夜、帰ってきたのだ。」と、おじいさんは、やはり笑いながら答えました。「なぜ、僕を起こし・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・それならば安二郎が出頭しなければならぬのにと豹一は不審に思った。だんだんに訊いてみると、安二郎は偽せの病気を口実にお君を出頭させたのだとわかった。そんなばかなことがあるかと安二郎に喰ってかかると、「生意気ぬかすな。わいが警察へ行くのもお・・・ 織田作之助 「雨」
・・・今普請してる最中でっけど、中頃には開店させて貰いま」 そして、開店の日はぜひ招待したいから、住所を知らせてくれと言うのである。住所を控えると、「――ぜひ来とくれやっしゃ。あんさんは第一番に来て貰わんことには……」 雑誌のことには・・・ 織田作之助 「神経」
・・・しかし僕らはもう左翼にも右翼にも随いて行けず、思想とか体系とかいったものに不信――もっとも消極的な不信だが、とにかく不信を示した。といって極度の不安状態にも陥らず、何だか悟ったような悟らないような、若いのか年寄りなのか解らぬような曖眛な表情・・・ 織田作之助 「世相」
・・・駅とは正反対の方角ゆえ、その道から駅へ出られるとも思えず、なぜその道を帰って来るのだろうと不審だったが、そしてまた例のものぐさで訊ねる気にもなれなかったが、もしかしたらバスか何かの停留所があってそこから町へ行けるではないかと、かねがね考えて・・・ 織田作之助 「道」
・・・新しい家の普請が到るところにあった。自分はその辺りに転っている鉋屑を見、そして自分があまり注意もせずに煙草の吸殻を捨てるのに気がつき、危いぞと思った。そんなことが頭に残っていたからであろう、近くに二度ほど火事があった、そのたびに漠とした、捕・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしてい・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
出典:青空文庫