・・・笑うてかなたの障子を開けば大空に突っ立ちあがりし万仞の不尽、夕日に紅葉なす雲になぶられて見る見る万象と共に暮れかかるけしき到る処風雅の種なり。 はしなく浮世の用事思いいだされければ朝とくより乗合馬車の片隅にうずくまりて行くてを急ぎたる我・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・例、山にそふて小舟漕ぎ行く若葉かな蚊帳を出て奈良を立ち行く若葉かな不尽一つ埋み残して若葉かな窓の灯の梢に上る若葉かな絶頂の城たのもしき若葉かな蛇を截って渡る谷間の若葉かなをちこちに滝の音聞く若葉かな ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ その次の日の午後、病院の小使がはいって来て、「ネリというご婦人のおかたがたずねておいでになりました。」と言いました。ブドリは夢ではないかと思いましたら、まもなく一人の日に焼けた百姓のおかみさんのような人が、おずおずとはいって来まし・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
日本の民主化と云うことは実に無限の意味と展望を持っている。 特に一つ社会の枠内で、これまで、より負担の多い、より忍従の生活を強いられて来た勤労大衆、婦人、青少年の生活は、社会が、封建的な桎梏から自由になって民主化すると・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・「キュリー夫人伝」を書いて、日本にもしたしまれているキュリー夫人の二女エヴ・キュリーは、一九四三年に「戦士のあいだを旅して」という旅行記をニューヨークから出版した。それがさいきん「戦塵の旅」という題で、ソヴェト同盟旅行の部分だけ翻訳出版・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・この群集の海の表面に現われ見えるのは牛の角と豪農の高帽と婦人の帽の飾りである。喚ぶ声、叫ぶ声、軋る声、相応じて熱閙をきわめている。その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる笑声がおりおり高く起こるかと思うとおりおりまた、とある家の垣根に・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・「もう土地の医師の処を二三軒廻って来た婦人の患者です。最初誰かに脹満だと云われたので、水を取って貰うには、外科のお医者が好かろうと思って、誰かの処へ行くと、どうも堅いから癌かも知れないと云って、針を刺してくれなかったと云うのです」「・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ならなくても、こちらからお宿へ届けると云われ、頼んで置いて帰ってみると、品物が先へ届いていた事や、それからパリイに滞在していて、或る同族の若殿に案内せられてオペラを見に行った時、フォアイエエで立派な貴夫人が来て何か云うと、若殿がつっけんどん・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・あなたは婦人のお友達二三人とあっちへ避寒に来ていらっしゃったのです。 女。ええ。 男。それからですね。どんな風に事柄が運んで行ったと云うことはあなたもまだ覚えていらっしゃるでしょう。ブダペストへ参ってからも、わたくしはあなたと御交際・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
この対話に出づる人物は 貴夫人 男の二人なり。作者が女とも女子とも云わずして、貴夫人と云うは、その人の性を指すと同時に、齢をも指せるなり。この貴夫人と云う詞は、女の生涯のうちある五年間を指す・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫