・・・のみならずいずれも武装したまま、幾条かの交通路に腹這いながら、じりじり敵前へ向う事になった。 勿論江木上等兵も、その中に四つ這いを続けて行った。「酒保の酒を一合買うのでも、敬礼だけでは売りはしめえ。」――そう云う堀尾一等卒の言葉は、同時・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・罵るか、笑うか、一つ大声が響いたと思うと、あの長靴なのが、つかつかと進んで、半月形の講壇に上って、ツと身を一方に開くと、一人、真すぐに進んで、正面の黒板へ白墨を手にして、何事をか記すのです、――勿論、武装のままでありました。 何にも、黒・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・張婦李妻定所無し 西眠東食是れ生涯 秋霜粛殺す刀三尺 夜月凄涼たり笛一枝 天網疎と雖ども漏得難し 閻王廟裡擒に就く時 犬坂毛野造次何ぞ曾て復讎を忘れん 門に倚て媚を献ず是権謀 風雲帳裡無双の士 歌舞城中第一流 警柝声はむ寒か・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・トルストイのような古今無双の天才でも、自分が実際行ったセバストポールと、想像と調査が書いた「戦争と平和」に於ける戦争とには、段がついている。「セバストポール」には、本当にその場に行き合わしたものでなければ出せないものがある。それが吾々を・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・「もうみんな武装しよるんだ。」 安部は暗い陰欝な顔をしていた。さきに中隊へ帰って準備をしよう。――彼はそうしたい心でいっぱいだった。しかし、ほかの者を放っておいて、一人だけ帰って行くのが悪いような気がして、立去りかねていた。「また殺・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・即ち、ブルジョアジーを打倒し、収奪し、武装解除するために、プロレタリアを武装させること。プロレタリアートは、たゞブルジョアジーを武装解除した後にのみ、その世界史的見地に叛くことなく、あらゆる武器を塵芥の山に投げ棄てることが出来る。そしてプロ・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ 兵士達は、始終過激派を追っかけ、家宅捜索をしたり、武器を押収したり、夜半に叩き起され、やにわに武装を整えて応援に出かけたりしなければならなかった。鉄道沿線へは多くに分れて小部隊が警戒に出かけた。栗本の中隊は、汽車に乗ってイイシの警戒に・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 澄元契約に使者に行った細川の被官の薬師寺与一というのは、一文不通の者であったが、天性正直で、弟の与二とともに無双の勇者で、淀の城に住し、今までも度たびたび手柄を立てた者なので、細川一家では賞美していた男であった。澄元のあるところへ、澄・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・私は武装蜂起に賛成した。ギロチンの無い革命は意味が無い。 しかし、私は賤民でなかった。ギロチンにかかる役のほうであった。私は十九歳の、高等学校の生徒であった。クラスでは私ひとり、目立って華美な服装をしていた。いよいよこれは死ぬより他は無・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・そう考えてみるとドイツ人の論文の中に、少なくもまれには、愚にもつかない空虚な考えをいかめしい数式で武装したようなのもある、そのわけが読めるような気がした。 しかしなんといっても、あらゆる言語のうちで、数学の言語のように、一度つかまえた糸・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
出典:青空文庫