・・・成島柳北が仮名交りの文体をそのままに模倣したり剽窃したりした間々に漢詩の七言絶句を挿み、自叙体の主人公をば遊子とか小史とか名付けて、薄倖多病の才人が都門の栄華を外にして海辺の茅屋に松風を聴くという仮設的哀愁の生活をば、いかにも稚気を帯びた調・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・もっとも書き初めた時と、終る時分とは余程考が違って居た。文体なども人を真似るのがいやだったから、あんな風にやって見たに過ぎない。 何しろそんな風で今日迄やって来たのだが、以上を綜合して考えると、私は何事に対しても積極的でないから、考えて・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・ 併し乍ら、元来文章の形は自ら其の人の詩想に依って異なるので、ツルゲーネフにはツルゲーネフの文体があり、トルストイにはトルストイの文体がある。其の他凡そ一家をなせる者には各独特の文体がある。この事は日本でも支那でも同じことで、文体は其の・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
「愛と死」が、読むものの心にあたたかく自然に触れてゆくところをもった作品であることはよくわかる。武者小路実篤氏の独特な文体は、『白樺』へ作品がのりはじめた頃から既に三十年来読者にとって馴染ふかいものであり、しかもこの頃は、一・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・古代ペルシアの英雄ルスタムとその息子との悲劇の、謂わば古風なものがたりであり、文体もそういう古風な絵の趣を保とうとされている。そして、作品の人物にあらわされている風俗のあらましは、古代のミニェチュアや文献をしらべてかかれた。 作者の作品・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・マルクス=エンゲルス全集、レーニン全集、スターリンの論文集と三つを眺めわたすと、その文体にまでも人民解放の歴史の足どり、社会主義の実現と発展のあゆみがてらし出されている。このことは私たちを感動させる事実である。〔一九四九年十一月〕・・・ 宮本百合子 「生きている古典」
・・・ あとからあとからそのようにしてつくられるピオニイルらは、どこへ組織的にはつけられるのか、どんな分隊、野営をチャーリーが知っているのか、読者にはわからずに、はなはだ不安である。「本」をよますと「正確な理解力」を示すというが、それはどんな・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・「ついこないだ『子供の家』へ来たばかりで、まだピオニェール分隊へ属さないんです」「先生はアンナ・ドミトリエーヴナのほかに何人ですか?」「もう一人です」 するとわきから、ミソッ歯で金髪の少年が、「おや、あなたわたし達のドゥ・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・それは田舎の中学生のような空虚な亢奮した文体で書かれ、資本家財閥の打倒! 生産の国家管理! 階級なき新日本の創設! などとスローガンが並べられ、人民を武装蜂起に挑発している。 スローガンだけあるが、生産を国家管理にするといっても、それは・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・こちらの訳をしたひとは平林氏ではないから文体も違っているでしょう。私はこの偉い人の『科学の価値』という本の手ずれた表紙を常に親愛をもって眺めていたが、それはその手垢に対する主観的親愛に止っていたのだからこれを瞥見して苦笑して居ります。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫