・・・と云ったら渋ってけっかる。いまいましい、腕づくでもぎ取ってくれようとすると「オオ神様泥棒が」って、殉教者の様な真似をしやあがる。擦った揉んだの最中に巡的だ、四角四面な面あしやがって「貴様は何んだ」と放言くから「虫」だと言ってくれたのよ。・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・――紳士淑女の方々に高い声では申兼ねるが、猪はこのあたりの方言で、……お察しに任せたい。 唄で覚えた。薬師山から湯宿を見れば、ししが髪結て身をやつす。 いや……と言ったばかりで、外に見当は付かない。……私はその時は前夜着・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・これに続ける六畳は、店と奥との中の間にて、土地の方言茶の室と呼べり。その茶の間の一方に長火鉢を据えて、背に竹細工の茶棚を控え、九谷焼、赤絵の茶碗、吸子など、体裁よく置きならべつ。うつむけにしたる二個の湯呑は、夫婦別々の好みにて、対にあらず。・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ さては随筆に飛騨、信州などの山近な片田舎に、宿を借る旅人が、病もなく一晩の内に息の根が止る事がしばしば有る、それは方言飛縁魔と称え、蝙蝠に似た嘴の尖った異形なものが、長襦袢を着て扱帯を纏い、旅人の目には妖艶な女と見えて、寝ているものの・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 今より十七八年前、誰やらが『我は小説家たるを栄とす』と放言した時、頻りに其の意気の壮んなるに感嘆されたが、此の放言が壮語として聞かれ、異様に響きて感嘆さるゝ間は小説家の生活は憐むべきものであろう。が、当時は此の壮語を吐いて憤悶を洩らす・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・私の生れた大阪の方言でいえばおんべこちゃ、そう思って私はむしろおかしかった。あんまりおかしくて、涙が出て、折角縁談にありついたという気持がいっぺんに流されて、ざまあ見ろ。はしたない言葉まで思わず口ずさんで、悲しかった。浮々した気持なぞありよ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ これは、放言でもなく、壮語でもなく、かざりのない真情である。ほんとうによくわたくしを解し、わたくしを知っていた人ならば、またこの真情を察してくれるにちがいない。堺利彦は、「非常のこととは感じないで、なんだか自然の成り行きのように思われ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 是れ放言でもなく、壮語でもなく、飾りなき真情である、真個に能く私を解し、私を知って居た人ならば、亦た此の真情を察してくれるに違いない、堺利彦は「非常のこととは感じないで、何だか自然の成行のように思われる」と言って来た、小泉三申は「幸徳・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ハンザキというのは山椒魚の方言のようなものでありまして、半分に引き裂かれてもなお生きているほど生活力が強いという意味があるのではなかろうかと思いますが、そのハンザキ大明神としてまつられてある山椒魚も、おそろしく強く荒々しいものであったそうで・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・会津の国の方言なのかも知れないが、どうも私には気味わるく思われた。私は、しっかり飲んだ。どうも話題が無い。槍の名人の子孫に対して私は極度に用心し、かじかんでしまったのである。「あのお写真は、」部屋の長押に、四十歳くらいの背広を着た紳士の・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫