・・・従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して迫って来る或る後味とでも云うべきものが、案外弱いのは何故だろう。私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・確かに重大な、人間の霊肉を根本から震盪するものではあっても、人間の裡にある生活力は多くの場合その恋愛のために燃えつきるようなことはなく、却って酵母としてそれを暖め反芻し、個人の生活全般を豊富にする養液にしてしまいます。 また恋愛は、独特・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
今年はいろいろな意味で非常に重大な年だと思います。それで個人の抱負と云う様な小さいものでなく、大きく日本人全体としての心構えとでも申しましょうか、それでよろしいでしょうね…… 私達の生きている二十世紀も今年で丁度一九五・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・れまでプロレタリア作家が好んでとり上げたような闘争に高まった意識的な農民の姿だけを切りとって来ず、彼らの背後にひきつづいている現在のおくれた何千万という土百姓の生活と感情とを書いて見たいと思う、という抱負を話された。 私は平田氏のこの文・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・芭蕉よりは十歳以上若い彼は、やはり同じ時代の芸術家らしい現実的、写実的傾向に立っていて、門左衛門の劇作に対する抱負は、昔の花も実もない浄瑠璃に対して、「文句に心を用うる事昔にかわり一等高く」、例えば同じ武家を描いても、「その程その程をもって・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・ 当選した婦人代議士たちの抱負について読むと、この批評の当っていることを認めないわけにはゆかない。食糧問題についても、三合配給、お菜をたっぷり、牛乳を子供へ、などと語られているが、現在の配給機構へ実際婦人が入って改善してゆくためには、婦・・・ 宮本百合子 「春遠し」
・・・谷崎氏が日本文学に構成力が薄弱であることを不満とし、自身の抱負を文章によって述べていた頃の脂のきつい押し、あるいは、初期の作品が内包していた旺盛な生活力と「春琴抄」が示しているいわゆる完成の本質とをくらべて見て、私は大谷崎という名で呼ばれる・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・と、芸術の光背を負うて陸離たるが如くあった室生犀星氏が、近頃の抱負として「家ではよき父であり夫であり、規律を守り一家一糸をも乱さず暮したい」「対人的には朋友を信じ博愛衆に及ぼし」近衛文麿、永井柳太郎等が文学を判ろうとしている誠意に感奮して、・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ヘルマン・バアルが旧い文芸の覗い処としている、急劇で、豊富で、変化のある行為の緊張なんというものと、差別はないではないか。そんなものの上に限って成り立つというのが、木村には分からないのである。 木村はさ程自信の強い男でもないが、その分か・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・「や、えらい抱負じゃぞ」と、友達は笑って去ったが、腹の中ではやや気味悪くも思った。これは十九のとき漢学に全力を傾注するまで、国文をも少しばかり研究した名残で、わざと流儀違いの和歌の真似をして、同窓の揶揄に酬いたのである。 仲平はまだ江戸・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫