・・・図は四条の河原の涼みであって、仲居と舞子に囲繞かれつつ歓楽に興ずる一団を中心として幾多の遠近の涼み台の群れを模糊として描き、京の夏の夜の夢のような歓楽の軟かい気分を全幅に漲らしておる。が、惜しい哉、十年前一見した時既に雨漏や鼠のための汚損が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
舞子の停車場に下りた時は夕暮方で、松の木に薄寒い風があった。誰も、下りたものがなかった。松の木の下を通って、右を見ても、左も見ても、賑かな通りもなければ、人の群っているのも目に入らない。海は程近くあるということだけが、空の色、松風の音・・・ 小川未明 「舞子より須磨へ」
・・・「けどここはまだそんなに綺麗じゃないですよ。舞子が一番綺麗だそうです」 波に打上げられた海月魚が、硝子が熔けたように砂のうえに死んでいた。その下等動物を、私は初めて見た。その中には二三疋の小魚を食っているのもあった。「そら叔父さ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・枕もとを見ると、舞妓の姿をかいた極彩色の二枚折が隅に立ててあって、小さい床に春琴か何かが懸かっていた。次ぎの間にも違棚があって、そこにも小さい軸がかかっていた。青蚊帳に微風がそよいで、今日も暑そうであったが、ここは山の庵にでもいるような気分・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 一菊と云う舞妓は、舞いながら、学生が何か合図するのだろう、笑いを押えようとし、典型的に舞妓らしい口元を賢こげに歪めた。 夥しい群集に混ってそこを出、買物してから花見小路へ来かかると、夜の通りに一盛りすんだ後の静けさが満ちていた。大・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・くらしき 片頬ふくれしかほをのぞけば ひな勇を思ひ出してソトなでゝ涙ぐみけり青貝の 螺鈿の小箱光る悲しみ紫のふくさに包み花道で もらひし小箱今はかたみよ振長き京の舞子の口紅の うつりし扇なつかしき・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・ 祇園の舞妓はうっかり貴方に見せられないほど美くしい可愛いもんです。 自分で書いたらしい首人形のついた絵葉書に京子からこんな便があった。 貴方にうっかり見せられないほど―― その文句を見て千世子は一人笑いを長い事・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・大家連が依然として芸者、舞妓、花、蛙などにとじこもっているに対し、題材として新しい方向を求め、例えば発電所・橋・市街鳥瞰図風の素材を扱った新人もあるが、結局それ等の題材は風景として理解されているに止っているし、日本画としての技術上からも、そ・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・そんな華な私の好きらしい暮し方をして居る内に一人の私より一つ年上の舞子と御友達になった。名は雛勇本名は山崎のお妙チャンと云う子だった。純京都式の眉のまんまるくすりつけてあるひたえのせまい、髪の濃い口のショッピリとした女だった。私はおたえちゃ・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・京の舞子の紅の振、玉虫色の紅の思われる写真は白粉の香のただよいそうに一っぱいちらばって壁に豊まろの女、豊国の女房はそのなめらかな線を思いきりあらわしていっぱいはってある。すすけた天井からは、浅草提灯が二つ、新橋何とかとそめぬいた水色の手拭ま・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫