・・・を彼那に狙っているのか。……やったな。驚いた。俺さえ予定には入れていなかった此は一幕だ。――ついでに、一寸手を貸すかな。真実は根もない憎みや恐怖や、最大の名薬「夢中」を撒くと、同類の胸も平気で刺すから愉快なものだ。ヴィンダー さてもう一・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 山田さんは、『種蒔く人』時代から日本のプロレタリア文学運動に参加して、本年二月ナルプ解散前後の多難な時をも経、略十年間、波瀾に富んだ闘争の道を歩いて来た。 私が山田さんを知ったのは一九三〇年の暮旧日本プロレタリア作家同盟の活動に参・・・ 宮本百合子 「『地上に待つもの』に寄せて」
・・・「あまくて珍しかったですよ」「そりゃよかった、あれは我々の農園産ですよ、職員がみんなで作ったんです」 戦争が進んで、研究所員の生活不安がつのって来たとき、研究を継続するためにも吉岡たちが先頭にたって、広大な敷地のなかに農園をはじ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・――よりつけやしない――二三分でいいんだ、これを巻くまで手をかしてくれ」 麗らかな日光にキラキラ光る白木綿を見ると、幸雄は一層猛り立った。「どけ! 放せ! 放せ!」 三人の男が扱いかねた。一人が腰を捉まえた拍子に、ビリビリ音がし・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・田舎風な都会、一年の最高頂の時期は、罵声と殴り合いの合奏する巨額な金の集散、そのおこぼれにあずからんとする小人の詭計の跳梁、泥酔、嬌笑に満ち、平日は通俗絵入新聞が地方客に向って撒く文化を糧としつつ、ヴォルガ沿岸の農民対手の小商売で日暮してい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・けれ共、意志(の悪い夜のとばりは黒いまくでおおってしまってどうしても私に姿を見させて呉れない。にくい夜の闇よ、意志(悪な夜の神よ」と云う意味のものでした。まるでやさしいこんな夜によく似合った美くしい詩でした。詩人が両手をほどいた時に白い影か・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・ 〔無題〕 外には木枯しがおどろくほどの勢で吹きまくって居る。私は風を引きこんで出た少しの熱に頭中をかき廻される様に感じながら、わけもなく並んだ本の名前を順によんで行って見たり読む気もなくって一冊ずつ手にとったりして・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・お婆さんが糸を巻くのは、もう風見のさえ、羽交に首を突こんで一本脚で立ったまま、ぐっすり眠っている刻限でしたもの。〔一九二三年九月〕 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・皆が時計を出して巻く。木村も例の車掌の時計を出して巻く。同僚はもうとっくに書類を片附けていて、どやどや退出する。木村は給仕とただ二人になって、ゆっくり書類を戸棚にしまって、食堂へ行って、ゆっくり弁当を食って、それから汗臭い満員の電車に乗った・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・安次はまた三尺の中へ紙幣を巻くと、「トトトトトト。」 と呼びながら鶏の方へ手を延ばした。どこかで土を掘り返す鋤の音がした。菜園の上からは白い一条の煙が立ち昇っていて、ゆるく西の方へ靡いていた。 勘次は叺を抱えて蔵の中から出て来る・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫