・・・…… 私がまだ東大の仏文科でまごまごしていた二十五歳の時、改造社の「文芸」という雑誌から何か短篇を書けといわれて、その時、あり合せの「逆行」という短篇を送った。それが二、三ヶ月後くらいに新聞の広告に大きく名前が他の諸先輩と並んで出て・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・それを見かけた田代はコーヒーの勘定などはあとでいいからすぐ駆出せばよいのにその勘定でまごまごしてなかなか追っかけない。こうしないといけない理由は、やっと勘定をすませて慌てて駆出したために自動車にひかれるという尤もらしいことにしたいためである・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・厳かな入学宣誓式が行われて、自分も大勢の新入生の中にまき込まれて大講堂へ這入ったが、様子が分らないのでまごまごしていると、中に一人物馴れた日本人が居ていろいろ注意してくれて助かった。それは先年亡くなった左右田喜一郎博士であった。自分よりはず・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・小さい新聞紙の包を大事そうにかかえて電車を下りると立止って何かまごまごしていたが、薄汚い襟巻で丁寧に頸から顋を包んでしまうと歩き出した。ひょろ長い支那人のような後姿を辻に立った巡査が肩章を聳かして寒そうに見送った。 竹村君は明けると三十・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・残るは運よく菓子器の中で葛餅に邂逅して嬉しさの余りか、まごまごしている気合だ。「その画にかいた美人が?」と女がまた話を戻す。「波さえ音もなき朧月夜に、ふと影がさしたと思えばいつの間にか動き出す。長く連なる廻廊を飛ぶにもあらず、踏むに・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・「肥桶を台にしてぶらりと下がる途端拙はわざと腕をぐにゃりと卸ろしてやりやしたので作蔵君は首を縊り損ってまごまごしておりやす。ここだと思いやしたから急に榎の姿を隠してアハハハハと源兵衛村中へ響くほどな大きな声で笑ったやりやした。すると作蔵・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・いけないというのは、もし掘りあてる事ができなかったなら、その人は生涯不愉快で、始終中腰になって世の中にまごまごしていなければならないからです。私のこの点を力説するのは全くそのためで、何も私を模範になさいという意味ではけっしてないのです。私の・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫