・・・ 彼は、朝も早いのに荷物を出すなんて面倒だから、今夜のうちに切符を買って、先へ手荷物で送ってしまったらいいと思って、「僕、今から持って行って来ましょうか」と言ってみた。一つには、彼自身体裁屋なので、年頃の信子の気持を先廻りしたつもり・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 面倒だ」 将校はテレかくしに苦笑した。 シャベルを持っている兵卒は逡巡した。まだ老人は生きて、はねまわっているのだ。「やれツ! かまわぬ。埋めっちまえ!」「ほんとにいゝんですか? ××殿!」 兵卒は、手が慄えて、シャベ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そういう人でしたから、他の人に面倒な関係なんかを及ぼさない釣を楽んでいたのは極く結構な御話でした。 そこでこの人、暇具合さえ良ければ釣に出ておりました。神田川の方に船宿があって、日取り即ち約束の日には船頭が本所側の方に舟を持って来ている・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・然し母親は、駐在所の旦那が云っているように、あんな恐ろしいことをした息子の面倒を見てくれるという不思議な人も世の中にはいるもんだと思って、何んだか訳が分らなかった。然しそれでも帰るときには何べんも何べんもお辞儀した。――お安は長い間その人か・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・七「へえ……彼方へは往きません、面倒だから何処も往きません」殿「何かぐず/″\口の内で言っているな、浪々酌をしてやれ、もう一杯やれ」七「へえ、お酒なら否とは云いません」殿「其の方が久しく参らん内に私は役替を仰せ付けられて、上・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・まあ、あれはそういうものだで、どうかして私ももっとあれの側に居て、自分で面倒を見てやりたいと思うわなし。ほんに、あれがなかったら――どうして、あなた、私も今日までこうして気を張って来られすか――蜂谷さんも御承知なあの小山の家のごたごたの中で・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・やがて二人で大立廻りをやって、女房は髪を乱して向いの船頭の家へ逃げこむやら、とうと面倒なことになったが、とにかく船頭が仲裁して、お前たちも、元を尋ねると踊りの晩に袖を引き合いからの夫妻じゃないか。さあ、仲直りに二人で踊れよおい、と五合ばかり・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 二人の姉達は、世間並の費用と面倒とで、もう結婚して仕舞っていました。今は唖の末娘が両親の深い心がかりとなっています。世の中の人は、皆、彼女が物を云わないので、ちっとも物に感じない、とでも思っているようでした。彼女の行末のことだの、心配・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・そうして井伏さんから、れいの律儀な文面の御返事をいただき、有頂天になり、東京の大学へはいるとすぐに、袴をはいて井伏さんのお宅に伺い、それからさまざま山ほど教えてもらい、生活の事までたくさんの御面倒をおかけして、そうしてただいま、その井伏さん・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・なんだか面倒になりそうだから、おれは十五に相当する金をやった。部屋に這入って見ると、机の上に鹿の角や花束が載っていて、その傍に脱して置いて出た古襟があった。窓を開けて、襟を外へ投げた。それから着物を脱いで横になった。しかし今一つ例の七ルウブ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫