・・・いつもは、もんぺを穿いて、木綿のちゃんちゃんこで居る嫁御が、その姿で、しかもそのありさまでございます。石松は化けもの以上に驚いたに相違ございません。(おのれ、不義もの……人畜生と代官婆が土蜘蛛のようにのさばり込んで、(やい、……動くな、その・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・そして毎日、新聞で見る今日の銃後の女としての服装もエプロン姿から、たとえそれがもんぺいであろうと、作業服式のものであろうと、ひとしくりりしい裾さばきと、短くされたたもととをもって、より戦闘的な型へ進んで来ているのである。 私たち女は一年・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・文学報国会が大会を陸海軍軍人の演説によって開会し、出席する婦人作家はもんぺい姿を求められたというようなことは日本の文学史の惨憺たる一頁であった。 わたしは四一年一月から一九四五年八月十五日まで、一切の書くものを発表禁止された。その間に四・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
十一月のお祭りのうちのある午後、用事で銀座へ出かけていたうちの者が、帰って来て、きょうは珍しいものを見たの、といった。浦和の方から、女子青年の娘さんたちが久留米絣の揃いの服装、もんぺに鉢巻姿で自転車にのって銀座どおりを行進・・・ 宮本百合子 「女の行進」
・・・高層建築が左右からそびえたって空も見えないレキシントン街を背景に、もんぺをぬいだ赤松常子参議員が、白足袋に草履の足もとも元気そうに、コート姿をはこんでいる。洋装の九人の婦人たちもそれぞれ元気そうにかたまって歩いていて、多忙にくみ立てられたニ・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・ 笠を被り、泥まびれでガワガワになったもんぺを穿いた彼女が、草鞋がけでたくさんな男達を指揮し出すのを見ると、近所の者は皆、「あれまあ御覧よ、 また海老屋の鬼婆さんが始まったよ」と、あきれ返ったような調子で云う。 自分が鬼・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・と云う声に驚いて見ると、甚五郎爺が大きな雪かきを肩にかついで、長靴を履いた上にわらぐつを履いて「もんぺ」をだぶだぶにつけて立って居る。見ると、家の持地の入口の道から門まで一直線の路をつけて、踏み先へ先へと、雪かきを押して来たものと見・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ ひろ子は、元禄袖の羽織に、茶紬のもんぺをはいて、実験用の丸椅子にかけ、コンロの世話をやいていた。「さあ、もうこれはよくってよ」「――あまいねえ。ひろ子もたべて御覧」「網走においもはあったこと?」「あっちは、じゃがいもだ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・もともと政恒は薄茶がすきで、もんぺいの膝を折っては一日に何度か妻に薄茶をたてさせた。すると、或るとき曾祖母が、一服終った政恒に向って、お前は本当に開墾事業をなしとげる覚悟か、と訊ねた。政恒にとってこれは心外な問いであったろう。もとよりと答え・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
出典:青空文庫