・・・ 折角新しい社会関係で労働に従事し、新しい生活で鍛えられつつある若者が、芸術と生産の間にブルジョア文化がもっていたような分裂へ逆転して、既成作家が揚棄しようとしている欠点を自分達の文学修業の出発点としたりするようなことがあれば、それはと・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・プロレタリア文学は、日本の事情の下ではその出生の階級を揚棄しようとするインテリゲンツィアと勤労階級の中からの少数の知識分子とによって作られて来たのであった。日本の左翼運動の退潮はインテリゲンツィアを或る意味で全面的に動揺させ帰趨を失わしめた・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・盾は包蔵されていたのだが、彼の社会関係における態度と創作の実践を通じて仔細に見れば見るほど、私たちの前にはっきり現れて来るのは、ゴーリキイの社会的実践によってそれ等の矛盾が如何により高きものに統一され揚棄されて、今日の彼になっているかという・・・ 宮本百合子 「作家研究ノート」
・・・一礼して去った給仕は、やがて、しゃれた脚立氷容器に三鞭酒の壜を冷し込んで運んで来た。私は、それを見ると、感じの鋭い小説家ででもありそうに自信をもって、二人の仲間に云った。「私にはもうちゃんとわかってよ」「早いな、云って御覧」「な・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・見られるとおり、ソヴェト社会が、人類の歴史にもたらしつつある寄与の大きさによって、国際的となりはじめた若い有能な作家・技術家・諸市民が、自身の生活的実感において国際的になりつつある、その現実からこそ、揚棄されてゆくのである。 ソヴェトの・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・同志小林が敵に虐殺されたことによって、自身の未完成を揚棄し得たかのように考えるとすれば、それは階級的前衛に加えられる敵の悪虐の真相を、大衆の面前から押しやり、復讐の目標をそらすものである。 われわれは先ず同志小林の業績を正しく階級的に評・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・時代の自然主義的手法の晦渋さ、その反撥として以後の諸作を貫いていたやや浮き上った平易さへの努力の跡を揚棄している。作者のレーニン的世界観の統一、政治的鍛練によって、自らそなわって来た独特の簡明さ、迫真力、革命的気宇の大さが、作品の深い光沢と・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
一 大きな実験用テーブルの上には、大小無数の試験管、ガラス棒のつっこまれたままのビーカア。フラスコ。大さの順に並んだふたつきのガラス容器などがのせられている。何という名か、そして何に使われるものかわか・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・もとより、大衆と云えば直ちに一種の興奮的類型にとらわれるような幼稚な概念は揚棄されているにしろ。 結局常識の世界の方が住みよい、というような言葉によって表現される作家の或る近頃の感情や市民的平民的な日常の伝習の姿に対して和して同ぜず式な・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・うんざりしながら鄙びた小さな停車場をながめていると、突然陽気な人声が聞こえて四、五人の男女が電車へ飛び込んで来た。よほど馳けて来たらしく息を切らしている人もある。ふと見るとその一人が寺田先生であった。 自分にはこの時一種の驚きが感じられ・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫