・・・ 新聞記事などに拠って見ると、夏目さんは自分の気に食わぬ人には玄関払いをしたりまた会っても用件がすめば「もう用がすんだから帰り給え」ぐらいにいうような人らしく出ているが、私は決してそうは思わない。私が夏目さんに会ったのは、『猫』が出てか・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・ 劇を文化の重要件として演劇改良が初めて提言されたのもまた当時であった。陛下の天覧が機会となって伊井公侯の提撕に生じたのだから、社会的には今日の新劇運動よりも一層大仕掛けであって、有力なる縉紳貴女を初め道学先生や教育家までが尽く参加した・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ところが、党員が出て来ていうのには、「野坂氏は多忙で誰とも会いません。用件は私が伺いましょう」 用件はなかった。すごすご帰る道、仙台に板垣退助の娘がいることを耳にした。板垣退助こそ民主主義である。彼は仙台へ行った。宿につき女中にきく・・・ 織田作之助 「民主主義」
・・・まだ要件をひとことも言わぬうちに、将棋を指したり、かげろうを捜したりしているおのれの呆け加減に気づいたのである。僕はあわてて坐り直した。「木下さん。困りますよ。」そう言って、例の熨斗袋を懐から出したのである。「これは、いただけません。」・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ さて一切の用件を話して聞せた。 それを聞いたチルナウエルには、なぜそんな事をさせられるのだかは、分からないが、どんな事をすれば好いと云うことだけは、すっかり飲み込めた。チルナウエルも気の利いた男でポルジイも物をはっきり言う男だから・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・また後庭林中の夜のラヴシーンはシュヴァリエ・マクドナルドの賛美者たる若きファンのための独参湯としてやはり欠くべからざる一要件であろう。それからまた鹿狩りの場に現われた貴族的なスポーツ風景は国粋主義の紳士淑女を喜ばすものであり、シャトーにおけ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・その要件の話がすんだあとで、いろいろ雑談をしているうちに、どういうきっかけであったか、先生が次の間からヴァイオリンを持ち出して来られた。まずその物理的機構について説明された後に、デモンストレーションのために「君が代」を一ぺんひいて聞かされた・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・なんだかしなくてはならない要件を打ち捨ててでもあるような心持ちが始終につきまとっている。それが少しひどくなって来ると、自分が何かしらもっと積極的な悪事を犯していて、今にもその応報を受けるべき時節が到来しそうな心持ちになる。これがもう一歩進む・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・とにかくこの放送を聞くことは現代に生きる事の一つの要件であるかもしれないと思われた。 翌日の午後彼が大学正門を出て大急ぎで円タクに飛び乗ると、なんと思い違えたものか車掌がいきなり「どちらが勝ちましたか」と聞くのであった。しかしそれが・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・をその存立要件として成立するものである。そうして音楽の場合の一つ一つの音に相応するものがいろいろの物象や感覚の心像、またそれに付帯し纏綿する情緒である。これらの要素が相次ぎ相重なって律動的旋律的和声的に進行するものが俳諧連句である。従ってこ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫