・・・の三上たるゆえんの要素には、肉体の拘束から来る精神の解放というもののほかにもう一つの要件があると思われる。それはある適当な感覚的の刺激である。鞍上と厠上の場合にはこれが明白であるが枕上ではこれが明白でないように見える。しかしよく考えてみると・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・三吉は焼酎をのみながら、事務的に用件をいった。いいながら自分に腹がたってくる。どうしてもこの男にバカにされてしまう。――用件というのは、東京の「前衛」社から高島貞喜がくるという通知を受けとったこと、その演説会と座談会をやるため、印刷工組合と・・・ 徳永直 「白い道」
・・・小説において筋は第一要件である。文章に苦心するよりも背景に苦心するよりも趣向に苦心するのが小説家の当然の義務である。したがって巧妙な趣向は傑作たる上に大なる影響を与うるものと、誰も考えている。ところが写生文家はそんな事を主眼としない。のみな・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・それも用件で来るのは好いのだけれども、地方の文学青年なんかで、ぼんやり訪ねて来られるのは最も困る。僕は一体話題のすくない人間であり、自己の狭い主観的興味に属すること以外、一切、話すことの出来ない質の人間だから、先方で話題を持ちかけて来ない以・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・今日宗教の最大要件は簡潔である。吾人の哲学はこの二語を以て既に千六百万人の世界各地に散在する信徒を得た。否、凡そ神を信ずる者にしてこの二語を奉ぜざるものありや、細部の諍論は暫らく措け、凡そ何人か神を信ずるものにしてこの二語を否定するものあり・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
要件 四月二十六日一、出版プランについて党でとり上げるにしろ、イニシアは加藤が自分でとったものと感じていることを十分念頭におく必要があるでしょう。 きのうも「共産党の婦人部がどう思ったってかまわな・・・ 宮本百合子 「往復帖」
・・・と、非常に語尾の強い、ややぼきぼきした言葉で、注文の要件を提出した。 私共に応待した卓子の前にいた男は、立って行って、盲唖学校の近所にあるという一軒の家をサジェストした。「場所は分りますか? 電車分りますか?」「分ります。私行っ・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・結婚の話が要件で、あちらで知った日本の娘さんで声楽を勉強している人、カネボウの重役とかの娘で、小さい写真が入っていますが、ちっ共悪くパッとしたとこのない、やっぱりどてらの苦労もしそうな人で、皆いい点をつけました。娘さんの方では、何かの便利で・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 私が大きくなってからの父は、随分あちこちに出張の旅行をしたが、筆まめとはいえなくて、母あての手紙も大抵は箇条がきのように用件をかいたのが多くなった。それでもそのあとさきには、よく眠れますかとか、よく眠るようにとか、とかく健康の勝れなか・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・の婦人雑誌に彼が最近かいたものの中で、文学を日夜想念する作家として誰彼のことを云っていたが、文学の想念ということは、窮局には、たゆまず自分を破いて行こうとする情熱、それを表現し文学化してゆく文学上の諸要件での一致点の発見のことではないだろう・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
出典:青空文庫