・・・ 「様子はわからんかナ」 「まだやってるんだろう。煙台で聞いたが、敵は遼陽の一里手前で一支えしているそうだ。なんでも首山堡とか言った」 「後備がたくさん行くナ」 「兵が足りんのだ。敵の防禦陣地はすばらしいものだそうだ」 ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そこの様子は少しおれを失望させた。卓と腰掛とが半圏状に据え付けてある。あまり国のと違っていない、議長席がある。鐸がある。水を入れた瓶がある。そこらも国のと違っていない。おれは右党の席を一しょう懸命注意して見た。 そしてこう決心した。「ど・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ちょっと見たところでは別に堂々とした様子などはない。中背で、肥っていて、がっしりしている。四十三にしてはふけて見える。皮膚は蒼白に黄味を帯び、髪は黒に灰色交じりの梳らない団塊である。額には皺、眼のまわりには疲労の線条を印している。しかし眼そ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・酒のお酌や飯の給仕に出るのがその綾子さんで、どうも様子が可怪しいと思ってるてえと、やがてのこと阿母さんの口から縁談の話が出た。けど秋山少尉は考えておきますと、然いうだけで、何遍話をしても諾といわない。 そこで阿母さんも不思議に思って、娘・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・あなたの御活躍なさってるご容子――」 三吉は呆気にとられて、あいての大きすぎる口もとをみた。「――いつか、新聞に“現代青年の任務”というのをお書きになったんでしょ。妾、とても、感激しましたわ」 東京弁をまじえて、笑いもせずにいっ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・わたくしは古木と古碑との様子の何やらいわれがあるらしく、尋常の一里塚ではないような気がしたので、立寄って見ると、正面に「葛羅之井。」側面に「文化九年壬申三月建、本郷村中世話人惣四郎」と勒されていた。そしてその文字は楷書であるが何となく大田南・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・悪戯好のものは太十の意を迎えるようにして共に悲んだ容子を見てやった。太十は泣き相になる。それでもお石の噂をされることがせめてもの慰藉である。みんなに揶揄われる度に切ない情がこみあげて来てそうして又胸がせいせいとした。其秋からげっそりと寂しい・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・婆さんは人が聞こうが聞くまいが口上だけは必ず述べますという風で別段厭きた景色もなく怠る様子もなく何年何月何日をやっている。 余は東側の窓から首を出してちょっと近所を見渡した。眼の下に十坪ほどの庭がある。右も左もまた向うも石の高塀で仕切ら・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・無論応接間の様子などユンケル氏のそれと似もつかぬのであるが、それでも自分には少しも気がつかなかった、全くユンケル氏の応接間に入っているつもりでいた。その中エスさんが二階から降りて来られた。それでもまだ気付かない。エスさんも自分と同じくユンケ・・・ 西田幾多郎 「アブセンス・オブ・マインド」
・・・丁度昔、彼が玄武門で戦争したり、夢の中で賭博をしたりした、憐れな、見すぼらしい日傭人の支那傭兵と同じように、そっくりの様子をして。 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
出典:青空文庫