・・・ 東京の市街だけでも、二里四方の面積にわたって四十一万の家々が灰になり、死者七万四千、ゆくえ不明二十一万、焼け出された人口が百四十万、損害八億一千五百万円に上っています。横浜、小田原なぞはほとんど全部があとかたもなく焼けほろびてしまいま・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・その鳴き声に応ずる声がまた森の四方にひびきわたって、大地はゆるぎ、枝はふるい、石は飛びました。しかして途方にくれた母子二人は二十匹にも余る野馬の群れに囲まれてしまいました。 子どもは顔をおかあさんの胸にうずめて、心配で胸の動悸は小時計の・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・・プレゼントだと言って無闇にお金をくれてやって、それからお昼頃にタキシーを呼び寄せさせて何処かへ行き、しばらくたって、クリスマスの三角帽やら仮面やら、デコレーションケーキやら七面鳥まで持ち込んで来て、四方に電話を掛けさせ、お知合いの方たちを・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・三方四方がめでたく納まった話であるから、チルナウエルは生涯人に話しても、一向差支はないのである。 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・兵士は病兵の顔と四方のさまとを見まわしたが、今度は肩章を仔細に検した。 二人の対話が明らかに病兵の耳に入る。 「十八聯隊の兵だナ」 「そうですか」 「いつからここに来てるんだ?」 「少しも知らんかったんです。いつから来た・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・大きいのでせいぜい二、三分四方、小さいのは虫眼鏡ででも見なければならないような色紙の片が漉き込まれているのである。それがただ一様な色紙ではなくて、よく見るとその上には色々の規則正しい模様や縞や点線が現われている。よくよく見ているとその中のあ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・この一編はただ一つの予報のようなものに過ぎない事を断わっておきたい。 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・球を突き出したときの初速度が与えられればその後に球の動き行くべき道程は予言され、それが最後に静止する位置も少なくも原理的には立派に予報されるはずである。しかるに逆転映画の世界で最初に静止している球が与えられている場合に、どうして、まただれが・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・発動機船もなく天気予報の無線電信などもなかった時代に百マイルも沖へ出ての鮪漁は全くの命懸けの仕事であったに相違ない。それはとにかく、この男の子が鳥目で夜になると視力が無くなるというので、「黒チヌ」という魚の生き胆を主婦が方々から貰って来ては・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・科学が未知の事象を予報すると同様に、文学は未来の新しい人間現象を予想することも可能である。 想像力の強い昔の作者の予想した物質文明機関で現代にすでに実現されているものがはなはだ多い。電燈でも、飛行機でも、潜水艇でもまたタンク戦車のごとき・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
出典:青空文庫