・・・水はそのありたけの勢力を機械に搾取されて、すっかりくたびれ果てて、よろよろと出て来るのである。しかし水は労働争議などという言葉は夢にも知らない。 人間は自然を征服し自然を駆使していると思っている。しかし自然があばれだすと手がつけられない・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・やっとの事立上ったかと思うと、またよろよろと転びそうになる。足袋はだしの両脚とも凍りきって、しびれてしまったらしい。 途法にくれてあたりを見る時、吹雪の中にぼんやり蕎麦屋の灯が見えた嬉しさ。湯気の立つ饂飩の一杯に、娘は直様元気づき、再び・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・ 庭にはよろよろとした松が四、五本あって下に木賊が植えてある。塵一つ落ちて居ない。 夕飯もてなされて後、燈下の談柄は歌の事で持ちきった。四つの額は互に向きおうて居る。 段々発熱の気味を覚えるから、蒲団の上に横たわりながら『日本』・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・まだそれでもお足がすこしよろよろしているようですが。」「足ですか、足は大丈夫ですヨ。すこし屠蘇に酔ってるんでしょう。時にきょうの飾りはひどく洒落ていますな。この朝日は探幽ですか。炭取りに枯枝を生けたのですか。いずれまた参りましょう。おい車屋・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・私はそれをあんまり永く見て眼も眩くなりよろよろしました。「ごらん、蒼孔雀を。」さっきの右はじの子供が私と行きすぎるときしずかに斯う云いました。まことに空のインドラの網のむこう、数しらず鳴りわたる天鼓のかなたに空一ぱいの不思議な大きな蒼い・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ ホモイも疲れでよろよろしましたが、無理にこらえて、楊の白い花をむしって来て、ひばりの子にかぶせてやりました。ひばりの子は、ありがとうと言うようにその鼠色の顔をあげました。 ホモイはそれを見るとぞっとして、いきなり跳び退きました。そ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなわない、まるっきり汗だらけになってよろよろしているんだ。あんまり僕も気の毒になったから屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・あっちへよろよろ、こっちへよろよろで。 南江堂へ聞いてみたところ、目録はドイツ語の医書と科学書の原書のみで、訳註本のはやはり出していないのだそうです。 ウワバミ元気のこと[自注4]については、一同に朗読して聞かせたところ、御難という・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・私は、シャツ一枚の運転手や長い脛を力一杯踏ばっても猶よろよろしながら片手で大切そうに鞄を押える俄車掌の姿を、憐憫と憤怒のまじりあった感情で見つめるのであった。 私のその視線が、揺れながら進行するバスの中で一つのものに止った。ステップに近・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・待ち構えていた市太夫の槍に、徳右衛門は右の目をつかれてよろよろと数馬に倒れかかった。「邪魔じゃ」数馬は徳右衛門を押し退けて進んだ。市太夫、五太夫の槍が左右のひわらをつき抜いた。 添島九兵衛、野村庄兵衛が続いて駆け込んだ。徳右衛門も痛・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫