・・・しかしこの船宿は、かの待合同様な遊船宿のそれではない、清国の津々浦々から上って来る和船帆前船の品川前から大川口へ碇泊して船頭船子をお客にしている船乗りの旅宿で、座敷の真中に赤毛布を敷いて、欅の岩畳な角火鉢を間に、金之助と相向って坐っているの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・、陸迫りて高く、ここを港にいかりをおろす船は数こそ少ないが形は大きく大概は西洋形の帆前船で、その積み荷はこの浜でできる食塩、そのほか土地の者で朝鮮貿易に従事する者の持ち船も少なからず、内海を行き来する和船もあり。両岸の人家低く高く、山に拠り・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・雨にぬれた弁天島という島や、黒みかゝった海や、去年の暴風にこわれた波止場や、そこに一艘つないである和船や、発動機船会社の貯油倉庫を私は、窓からいつまでもあきずに眺めたりする。波止場近くの草ッ原の雑草は、一カ月見ないうちに、病人の顎ひげのよう・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・結局政府に限りて人民の私に行うべからざる政は、裁判の政なり、兵馬の政なり、和戦の政なり、租税の政なり、この他わずかに数カ条にすぎず。 されば人民たる者が一国にいて公に行うべき事の箇条は、政府の政に比して幾倍なるを知るべからず。外国商売の・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・芝浦から日覆いをかけた発動和船。海上にポツリと浮いたお台場、青草、太陽に照っている休息所の小さなテント。此方ではカフェー・パリスと赤旗がひらひらしている。市民の遊覧、ルウソーの絵の感じであった。陽気で愛らし。 溺死人の黒い頭、肩。人間の・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
出典:青空文庫