・・・ 少からず不良性を帯びたらしいまでの若者が、わなわなと震えながら、「親が、両親があるんだよ。」「私にもございますわ。」 と凜と言った。 拳を握って、屹と見て、「お澄さん、剃刀を持っているか。」「はい。」「いや・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・最後に、その唇の、幽冥の境より霞一重に暖かいように莞爾した時、小児はわなわなと手足が震えた。同時である。中仕切の暖簾を上げて、姉さんだか、小母さんだか、綺麗な、容子のいいのが、すっと出て来て、「坊ちゃん、あげましょう。」と云って、待て……そ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・……いろのことから、怪しからん、横頬を撲ったという細君の、袖のかげに、申しわけのない親御たちのお位牌から頭をかくして、尻も足もわなわなと震えていましたので、弱った方でございます。……必ず、連れて参ります――と代官婆に、誓って約束をなさいまし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 眼にいっぱいの涙を湛えて、お香はわなわなふるえながら、両袖を耳にあてて、せめて死刑の宣告を聞くまじと勤めたるを、老夫は残酷にも引き放ちて、「あれ!」と背くる耳に口、「どうだ、解ったか。なんでも、少しでもおまえが失望の苦痛をよけ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・早瀬 やあ、ほんとに、わなわな震えて。お蔦 ええ、たとい弱くッて震えても、貴方の身替りに死ねとでも云うんなら、喜んで聞いてあげます。貴方が死んだつもりだなんて、私ゃ死ぬまで聞きませんよ。早瀬 おお、お前も殺さん、俺も死なない、が・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・省作は俄かに寒けだってわなわなする。おとよも同じように身顫いが出る。這般の消息は解し得る人の推諒に任せる。「寒いことねい」「待ったでしょう」 おとよはそっと枝折戸に鍵をさし、物の陰を縫うてその恋人を用意の位置に誘うた。 おと・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、乙は、わなわなとふるえながら太郎にたのんでいました。「きっとかい。僕の家来になったのなら、帰りに待っておれ。いっしょに帰るから、うそをいったら、今度ひどいめにあわしてやるから。」と、太郎はいって、自分は先になって学校の方へゆ・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・腋よりは蟋蟀の足めきたる肱現われつ、わなわなと戦慄いつつゆけり。この時またかなたより来かかりしは源叔父なり。二人は辻の真中にて出遇いぬ。源叔父はその丸き目みはりて乞食を見たり。「紀州」と呼びかけし翁の声は低けれども太し。 若き乞食は・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・妻は涙の泉も涸たか唯だ自分の顔を見て血の気のない唇をわなわなと戦わしている。「じゃア母上さんが……」と言いかけるのを自分は手を振って打消し、「黙っておいで、黙っておいで」と自分は四囲を見廻して「これから新町まで行って来る」「だっ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・これに対して下坐に身を伏せて、如何にもかしこまり切っている女は、召使筋の身分の故からというばかりでは無く、恐れと悲しみとにわなわなと顫えているのは、今下げた頭の元結の端の真中に小波を打っているのにも明らかであり、そして訴願の筋の差逼った情に・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
出典:青空文庫