・・・の所へ独特のアクセントをつけて言う。そこでみんな、ぞろぞろ、休所を出て、入口の両側にある受付へ分れ分れに、行くことになった。松浦君、江口君、岡君が、こっちの受付をやってくれる。向こうは、和辻さん、赤木君、久米という顔ぶれである。そのほか、朝・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・そしてそれの暗示する言語が東京のそれでもなく、どこのそれでもなく、故郷の然も私の家族固有なアクセントであることを知りました。――おそらく私は一生懸命になっていたのでしょう。そうした心の純粋さがとうとう私をしてお里を出さしめたのだろうと思いま・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・食らう時かたわらよりうまきやと問えばアクセントなき言葉にてうましと答うその声は地の底にて響くがごとし。戯れに棒振りあげて彼の頭上に翳せば、笑うごとき面持してゆるやかに歩みを運ぶ様は主人に叱られし犬の尾振りつつ逃ぐるに似て異なり、彼はけっして・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・には、露骨にこびたアクセントがあった。「ザンパンない?」子供達は繰かえした。「……アナタア! 頂だい、頂だい!」「あるよ。持って行け。」 松木は、残飯桶のふちを操って、それを入口の方へころばし出した。 そこには、中隊で食い残・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・蹄鉄のひゞきと、滑桁の軋音の間から英語のアクセントかゝったロシア語が栗本の耳にきた。「止まれッ!」 ロシアの娘を連れ出したメリケン兵が酒場から帰って来る時分だ。「止まれッ!」 馭者のチョッ/\という舌打ちがして、橇は速力をゆ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・異様に強いアクセントである。私は一心に耳を澄ました。少しずつわかって来た。少しわかりかけたら、あとはドライアイスが液体を素通りして、いきなり濛々と蒸発するみたいに見事な速度で理解しはじめた。もとより私は、津軽の人である。川部という駅で五能線・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・寒そうに細い肩をすぼませて教室へはいって来たブルウル氏は、やがてほろにがく微笑みつつ、不思議なアクセントでひとつの日本の姓名を呟いた。彼の名であった。彼はたいぎそうにのろのろと立ちあがった。頬がまっかだった。ブルウル氏は、彼の顔を見ずに言っ・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・音はどうか。アクセントはどうか。色彩はどうか。模様はどうか。身振りはどうか。顔の表情では、いけないか。眼の動きにのみたよるという法はどうか。採用可能の要素がないか。しらべて呉れ。 いけないか。一つ一つ入念にしらべてみたか。いや、いちいち・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・阿蘭陀の通事たちに、シロオテの日本へ渡って来たわけを調べさせたけれど、シロオテの言葉が日本語のようではありながら発音やアクセントの違うせいか、エド、ナンガサキ、キリシタン、などの言葉しか聞きわけることができなかったのである。阿蘭陀人を背教者・・・ 太宰治 「地球図」
・・・ ジュセッポの家で時ならぬ嵐が起って隣家の耳をそばだてさせる事も珍しくない。アクセントのおかしいイタリア人の声が次第に高くなる。そんな時は細君のことをアナタが/\と云う声が特別に耳立って聞える。嵐が絶頂になって、おしまいに細君の啜り泣き・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫