・・・ 靴磨きにアパートにおける殺人の嫌疑をかけるためには殺されるダンサーのアパートにその靴磨きをなんとかしておびき入れ、そうしてアパートにおける彼等の姿を確実に目撃した証人をこしらえておく必要がある。それでその手順の第一として先ず街上でダン・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・が高くあろうとも妻や妹はウビガンの香水を常用しているという部分の人々にはどういう感じをおこさせるかしらないが、都会の人口の大多数を占める下級中級の若いサラリーマン、勤労青年たちが、いささかの慰みとしてアパートの部屋でかけて聴いている蓄音器、・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・キュリー夫人は土用真盛りの、がらんとしたアパートの部屋でブルターニュの娘たちへ手紙を書いた。「愛するイレーヌ。愛するエーヴ。事態がますます悪化しそうです。私たちは今か今かと動員令を待ち受けています。」 しかし戦争にならなければそちら・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・それで江井も大いに頭をしぼり、向島の西村の土地のがら空きのところへアパートを建てることになり、それで江井の安定の手段とすることになりました。私はやっと肩の重荷をおろしました。何しろ、こういう話、スエ子の話、皆、百合子様、お姉様なのです。この・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・――原泉夫妻[自注18]は四谷の大木戸ハウスというアパートで細君はトムさん[自注19]の新協劇団第一回公演では「夜明け前」に巡礼をやり、今やっているゴーゴリの芝居では何をやっているか、旦那さんの方はきっと徹夜して小説かいてるでしょう。今夜見・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ スーザンは、家の附近の粗末なアパートの一室を仕事部屋として借りた。そして再び仕事にとりかかった。 ブレークの仕事の態度、傾向、それはすっかりスーザンとはちがう。スーザンが、大理石にむかってニューヨークの街に溢れる群集の中からニグロ・・・ 宮本百合子 「『この心の誇り』」
・・・ アパート生活と一人の女の人の生活とは結びつけられるものだが、そのアパートの一室一室に棲んでいる人が、どんな気持で住んでいるかと云えば不知不識のうち、今のアパート暮しは一時的なものという気持、結婚するまでとか、又、結婚している人は、子供・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ 炭の配給についての計画が決定されて、その一つに、アパート住居の独身者には配給せず、ということがあった。私の知っている何人かの若い女のひとたちは、アパートに一人住居して毎日一心に働いている。今日の東京にそういう人が何千人いるだろうか。そ・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・ 壁が乾きたての小アパートという風なその二階建の建物は、ひろい農地のまんなかにポツンとたって秋日和に照らされている。門と玄関口との間が広場で、その一方に足場をほぐした丸太や板がつみ重ねてあった。それによりかかったりして、十五六人の女のひ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・譲原さんは自分の病気のことをちょっと話して、何しろ少しでも栄養をとろうと思えば、住む場所をえらぶゆとりがなくなるから、今いる田村町のアパートも身体にわるい条件なのは分っているけれども、なかなか動けないといった。それを譲原さんは、あっさりとし・・・ 宮本百合子 「譲原昌子さんについて」
出典:青空文庫