・・・ 彼が寝台の裾の方の窓枠に載っているシクラメンの鉢を見ながら此様な事を考えていた時、彼方の廊下で激しく電話のベルが鳴り渡った。 れんがとり次いでいる声がとぎれとぎれに聞えた。程なく、彼女は、室の内側に開く扉のかげにはりついたような形・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・紅いシクラメンの鉢の載って居る円卓子がある。窓枠が古いので一月の日光とともに室内を空気が流れた。シクラメンの花がゆれるのでそれがわかる。鉢の側――右腕に肩から白毛糸のショールを巻きつけ、仰向いた胸の上にのせた手帖へ、東洋文字を縦に書いて居る・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
時砲の玉みたいな製鉄炭酸瓦斯管が立って居る。水色エナメルの変圧器の上に日光がさした。その日光は窓枠の上に雑然と置かれたシクラメンの葉ばかりの鉢や、酸づけ玉菜の瓶をも照して居る。エミール・ヤニングスが世界的映画「リエテ」の中・・・ 宮本百合子 「無題(七)」
・・・彼は部屋の壁々に彼女の母の代りに新しい花を差し添えた。シクラメンと百合の花。ヘリオトロオプと矢車草。シネラリヤとヒアシンス。薔薇とマーガレットと雛罌粟と。「お前の顔は、どうしてそう急に美しくなったのだろう。お前は十六の娘のようだ。お前は・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫