・・・ 小さな良ちゃんは、片手に紅茶の空きかんを持ち、片手に手シャベルを握って、兄さんのお供をしたのです。「まあ、威張っているわね、にくらしい。」 窓から、小さな兄弟、二人の話をきき、出てゆく後ろ姿が見送っていたお姉さんは、いいました・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・彼等は今、手にしているシャベルで穴を掘ったばかりだった。一人の将校が軍刀の柄に手をかけて、白樺の下をぐる/\歩いていた。口元の引きしまった、眼が怒っている若い男だ。兵卒達の顔には何かを期待する色が現れていた。将校は、穴や白樺や、兵卒の幾分輝・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・坑夫等は、鶴嘴や、シャベルでは、岩石を掘り取ることが出来なかった。で、新しい鑿岩機が持って来られ、ハッパ袋がさげて来られた。 高い、闇黒の新しい天井から、つゞけて、礫や砂がバラバラッバラバラッと落ちて来た。弾丸が唸り去ったあとで頸をすく・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・「正木さんなどは、まるで百姓のような服装をして、シャベルを担いでは遣って来たものでサ……」 何ぞというと先生の話には、「正木さん、正木さん」が出た。先生は又、あの塾で一緒に仕事をしている大尉が土地から出た軍人だが、既に恩給を受ける身・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 肉屋は、その死がいをいつまでもなでつづけていましたが、間もなく、うちへかえって、シャベルとズックのきれとをもって来ました。そして、せんの犬の塚のとなりへ穴をほり、死がいをていねいにズックのきれでつつんで中へ入れ、ちゃんと土をもり上げま・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・今朝来たばかりの赤シャツの農夫は、シャベルで落ちて来る穀粒をしゃくって向うに投げ出していました。それはもう黄いろの小山を作っていたのです。二人の農夫は次から次とせわしく落ちて来る芯を集めて、小屋のうしろの汽缶室に運びました。 ほこりはい・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・折角死んでも、それを食べて呉れる人もなし、可哀そうに、魚はみんなシャベルで釜になげ込まれ、煮えるとすくわれて、締木にかけて圧搾される。釜に残った油の分は魚油です。今は一缶十セントです。鰯なら一缶がまあざっと七百疋分ですねえ、締木にかけた方は・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ まっ黒な着物を着たばけものが右左から十人ばかり大きなシャベルを持ったりきらきらするフォークをかついだりして出て来て「おキレの角はカンカンカン ばけもの麦はベランべランベラン ひばり、チッチクチッチクチー フォークの・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
旧佐倉街道を横に切れると習志野に連る一帯の大雑木林だ。赤土の開墾道を多勢の男連が出てシャベルやスコップで道路工事をやっている。×村から野菜を○○へ運び出すのに、道はここ一つだ。それを軍馬が壊すので、村民がしなければならない・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・ この男は、どれだけでも、どんな恰好ででもシャベルによりかかってでも眠ることが出来た。そして、眠りながら彼は眉を挙げ、彼の顔は不思議に変って、皮肉に驚いた表情をした。地べたの底に埋められている宝物の話、夢の話、それがこのパン焼の話題であ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫