・・・彼女が病兵にもスープ、葡萄酒、ジェリーなどが必要だといったとき、役人たちはお話にならぬ贅沢だ! と目をみはった。彼女の努力でも精力でも、どうしても実施されなかったことが、このスクータリーに一つ残った。病兵の喰べる「肉を骨から離す」事である。・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・或る午飯の時、石油コンロの上でスープを煮ていた鍋をひっくり返して両手に大火傷をした。これで病院に入れられ、家へかえされたが、火傷の原因は、小僧ゴーリキイが、どうしてもその晩、靴屋を逃げ出そうと考え耽っていて、ついぼんやりしてしまったからであ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・彼は食事の時刻が来ると、黙って匙にスープを掬い、黙って妻の口の中へ流し込んだ。丁度、妻の腹の中に潜んでいる死に食物を与えるように。 あるとき、彼は低い声でそっと妻に訊ねてみた。「お前は、死ぬのが、ちょっとも怖くはないのかね。」「・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫