・・・鈴のついたセルロイドのおもちゃだよ。」 O君もこう言って笑い出した。そのうちに妻は僕等に追いつき、三人一列になって歩いて行った。僕等は妻の常談を機会に前よりも元気に話し出した。 僕はO君にゆうべの夢を話した。それは或文化住宅の前にト・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・ と恭しく帽を脱いだ、近頃は地方の方が夏帽になるのが早い。セルロイドの目金を掛けている。「ええ、大割引で勉強をしとるです。で、その、ちょっとあらかじめ御諒解を得ておきたいのですが、お客様が小人数で、車台が透いております場合は、途中、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・なお黒いセルロイドのバンドをしめていた。いかにも町の女房めいて見えた。胸を洗っているところを見ると、肺を病んでいるのだろうか、痩せて骨が目立ち、顔色も蒼ざめていた。「亀さん」は私の顔を見ると、えらいとこ見られたと大袈裟にいった。そして、こん・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・何故もっとしゃんと、――この頃は相当年輩の人だって随分お洒落で、太いセルロイドの縁を青年くさく皺の上に見せているのに、――まるでその人と来たら、わざとではないかとはじめ思った、思いたかったくらい、今にもずり落ちそうな、ついでに水洟も落ちそう・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・母親のお辰はセルロイド人形の内職をし、弟の信一は夕刊売りをしていたことは蝶子も知っていたが、それにしてもどうして工面して払ったのかと、瞼が熱くなった。それで、はじめて弟に五十銭、お辰に三円、種吉に五円、それぞれくれてやる気が出た。そこで貯金・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・子供がセルロイドの人形のように坂の芝生の上にひっくりかえった。 汚れたジャケツは、吃驚して、三尺ほど空へとび上った。何事が起ったのか一分間ばかりジャケツが理解できないでいるさまが兵士達に見えた。 ジャケツに抱き上げられた子供は泣声を・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・小供はセルロイドの玩器を持つ、年寄は楽焼の玩器を持つ、と小学読本に書いて置いても差支ない位だ。また金持はとかくに金が余って気の毒な運命に囚えられてるものだから、六朝仏印度仏ぐらいでは済度されない故、夏殷周の頃の大古物、妲己の金盥に狐の毛が三・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・さまざまの挨拶の言葉が小さいセルロイドの風車のように眼にもとまらぬ速さで、くるくると頭の中で廻転した。風車がぴたりと停止した時、「ありがとう!」明朗な口調で青年が言った。 私もはっきり答えた。「ハバカリサマ。」 それは、どん・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・映画の批評となると、まさかそれほどでもないかもしれないが、大多数の映画の大衆観客にとっての生命はひと月とはもたない。セルロイドフィルムの保存期間が延長されない限りいくら長くても数十年を越えることはむつかしい。こういう短命なものを批評するのと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ 五 紙獅子 銀座や新宿の夜店で、薄紙をはり合わせて作った角張ったお獅子を、卓上のセルロイド製スクリーンの前に置き、少しはなれた所から団扇で風を送って乱舞させる、という、そういう玩具を売っているのである。これは物理的・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫