・・・ 二 薄暗い、一寸、物が見分けられない、板壁も、テーブルも、床も黒い室へつれて行かれた。造りが、頑丈に、──丁度牢屋のように頑丈に出来ている。そこには、鉄の寝台が並んでいた。 これがお前の寝台だ。とある寝台の前・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・お君の首になったのを聞くと、編笠をテーブルに叩きつけて怒った。それでも胸につけてある番号のきれをいじりながら、自分の子供を眼を細くして見ていた。そして半分テレながら、赤ん坊の頬ぺたを突ッついたりして、大きな声を出して笑った。 帰り際に、・・・ 小林多喜二 「父帰る」
・・・ 寒かった、龍介はテーブルを火鉢の側にもってきて、それに腰をかけて、火鉢の端に足をたてた。「行儀がわるい」女は下から龍介を見上げた。「寒いんだよ。それより、君はこれを敷け」彼は女に座布団を押してやった。が、女は「いいの」と言って・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・そこだけは、西洋風にテーブルを置いて、安楽椅子に腰掛けるようにしてある。大塚さんはその一つに腰掛けて見た。 可傷しい記憶の残っているのも、その部屋だ。若く美しい妻を置いて、独りで寂しく旅ばかりするように成ったということや、あれ程親戚友人・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ と返辞して、お二人のテーブルのほうに参りまして、「いらっしゃいまし。お酒でございますか?」 と申しました時に、ちらと夫は仮面の底から私を見て、さすがに驚いた様子でしたが、私はその肩を軽く撫でて、「クリスマスおめでとうって言・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・女はテーブルの上のハンドバッグを引き寄せ、「失礼しました。そんなつもりで、お呼びしたのでは、……」と言いかけて、泣き面になった。 それは、実にまずい顔つきであった。あまりにまずくて、あわれであった。「あ、ごめんなさい。一緒に出ましょ・・・ 太宰治 「父」
・・・暗色の壁に添うて高いテーブルが置いてある。上に白いのは確かに紙だ。ガラス窓の半分が破れていて、星がきらきらと大空にきらめいているのが認められた。右の一隅には、何かごたごた置かれてあった。 時間の経っていくのなどはもうかれにはわからなくな・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・しかし、マダムもろ子の家の応接間で堅くなっていると前面の食堂の扉がすうと両方に開いて美しく飾られたテーブルが見える、あの部分の「呼吸」が非常によくできている。これは、映画に特有な「呼吸のおもしろみ」であって、分析的には説明のしにくいものであ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・そういうときに、清らかに明るい喫茶店にはいって、暖かいストーブのそばのマーブルのテーブルを前に腰かけてすする熱いコーヒーは、そういう夢幻的の空想を発酵させるに適したものである。 中学校で教わったナショナルリーダーの「マッチ売りの娘」の幻・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・小さいのでテーブルからやっと首だけでている。おまけにおそろしく早口で、抑揚も区切りもないので、よくわからないが、しかし三吉には何かしら面白かった。ロシヤ革命とボルシェヴィキ。レーニン。ロシアの飢饉と反革命。それから鈴木文治や、アナーキズムへ・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫